コラム

米中貿易戦争の敗者は日本、韓国、台湾である

2020年01月17日(金)19時20分

貿易がマクロ経済に与える影響を見るときは、通常は輸出ではなく純輸出(輸出マイナス輸入)を見る。2019年1~11月には輸入が前年に比べて4.6%減ったので、純輸出は26%増加した。この結果、貿易は景気の足を引っ張ったのではなく、むしろ景気を後押しする役割を果たした。もちろんアメリカに輸出する製品を作っている企業は困っているだろうし、そこでは失業なんかも起きているかもしれない。しかし、国全体で見れば、他の国に輸出している企業での雇用増加によって補ったはずなのである。

一方、アメリカを見ると、2019年1~11月は前年同期に比べて輸出はマイナス1.5%だったが、輸入はマイナス1.6%だったので、純輸入(つまり貿易赤字)は1.9%減少した。つまり、アメリカの場合も、純輸入が少し減ったため、景気が少し押し上げられた。

トクしたのは一次産品を売る国々

米中貿易戦争で深刻な打撃を受けているのは、むしろ米中の狭間にある日本、韓国、台湾である。

米中貿易戦争は2018年7月にアメリカが通商法301条に基づいて中国から輸入品に対して追加関税をかけたところから始まった。その後9月までに双方が第3弾までの追加関税を発動し、アメリカが中国からの輸入の約半分、中国がアメリカからの輸入の7割に関税を上乗せするに至った。そこで開戦前の状況を示す2018年1~6月と開戦後の状況を示す2019年1~6月を比べて輸出額にどれぐらい増減があったかをみたのが下図である。

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中国の輸出は0.1%増加、アメリカは0.9%減少と、いずれも影響は軽微だったのに対して、日本は4.7%の減少、韓国は8.6%の減少、台湾は2.9%の減少と、いずれも米中を上回るマイナスになっている。

アメリカと中国がお互いからの輸入をブロックしあっているので、日韓台はむしろ相対的に有利になり、米中に対する輸出を伸ばして「漁夫の利」を得るという展開も考えられた。実際、中国のアメリカに対する輸出は大幅に減ったが、代わりにメキシコ、台湾、フランス、韓国、日本がアメリカ向けの輸出を増やし、漁夫の利を得た。

一方、アメリカの中国に対する輸出ももちろん減ったが、代わりに輸出を伸ばしたのはオーストラリア、サウジアラビア、ロシアなど一次産品の輸出国で、日本、韓国、台湾から中国への輸出はそれぞれマイナス8.2%、マイナス17.1%、マイナス9.3%といずれも大幅な減少になってしまったのである。

日韓台にとって中国は最大の輸出相手国なので、中国向け輸出が減少すると、輸出額が全体として減少してしまう。その結果、日本、韓国、台湾では純輸出も減った。つまり、中国向けの輸出が減少した結果、景気も押し下げられる結果になった。

要するに、米中貿易戦争によって輸出を大きく減らし、景気にも悪影響が及んでいるのはアメリカと中国ではなく、日本、韓国、台湾なのである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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