コラム

「免許返納したら移動手段がない」運転可否判断をめぐる日本の実情

2021年04月28日(水)19時45分

──加齢や疾患によって運転に関わる心身機能も低下していく。このこととはどう向き合えばよいか。

佐賀大学病院では、クルマの運転可否判断が必要となった脳卒中などの症状・疾患のある人、免許更新時の認知機能検査で問題のあった人、交通違反・事故歴のある人、そういった当事者や家族を対象に独自のプログラムを組んでいる。

一般的に運転可否判断が必要になった場合、病院の院内で問診・神経学的検査・MRT脳波から視力・視野・心身機能の評価が行われている。

しかし、内科のドクターが診察室で運転能力を測ることはできない。そこで佐賀大学では、これらに加えて頭の働きを診る認知機能検査、適性検査、運転シミュレータによる検査、さらには自動車学校での指導教員による実車評価と位置計測、加速度計や車両挙動計測を用いて科学的に測定することで総合的な判断をしている。

運転リハビリテーションを行いながらできるだけ運転期間を延伸できるように働きかけたり、残念ながらクルマの運転を断念することになった人に対しては代わりの移動手段を提案するようにしている。

──医学的・科学的に運転スキルの診断や見直しや改善が必要となる時代において、自動車教習所が果たす役割は大きいように思う。

後継者問題などもあり、70歳以降の経営者層から「自分が経営を続けないといけない。自分でクルマを運転するしかないから、コストをかけてでも運転期間を延伸してほしい」という声もある。ビジネスとしての自動車学校の広がりはあると思っている。

一生涯移動手段に困らない仕組みづくりが大切

日本には自動車教習所や運転免許のテストによる「良きドライバーになる」仕組みや、運転ルールを守る強固な仕組みは機能している。

しかし、病気の健康診断のように定期的に自分の運転状況を検査したり、その検査結果に基づいて運転スキルを見直し、足りない身体の運動機能などをリハビリする仕組みが弱く、ほとんどないと言っても過言ではない。本人の自己判断に任されており、医学的・科学的なエビデンスに基づくものでもない。

他人のこと以上に自分のことは分からないものだ。検査結果に基づいて自分の運転状況を知ったり、見直したりする機会が若い世代からあると良いだろう。

そして、その検査結果をもとに「そろそろ運転は難しいかもしれない。クルマ以外の移動手段を考えないといけない」と理解できれば、気持ちの準備もでき、ライフスタイルを見直すこともできるだろう。このような「ゆるやかな免許返納の仕組み」と「一生涯移動に困らない社会の仕組みづくり」を急ぐ必要があるのではないだろうか。

20250311issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年3月11日号(3月4日発売)は「進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗」特集。ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニスト、29歳の「軌跡」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、フェンタニル巡る米の圧力に「断固対抗」=王外

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story