コラム

「免許返納したら移動手段がない」運転可否判断をめぐる日本の実情

2021年04月28日(水)19時45分
運転する高齢者

免許返納に悩む高齢者の多くは、クルマを運転せずに暮らす生活を描けない(写真はイメージです) maroke-iStock

<日本では高齢者と交通問題についての研究・議論は各分野で進んでいるが、運転の可否判断と運転リハビリや断念後の移動手段といったトータル的な仕組みづくりができていない>

高齢者の運転免許返納が社会的な問題となっている。日本では運転免許を返納すること、すなわち「ドライバーを卒業する」という考え方は新しく、まだまだ抵抗もある。運転の可否判断と断念後の移動手段の確保をセットで考え、個々人が一生涯豊な暮らしを送るための仕組みはいまだに弱い。

クルマの運転可否判断を専門とする福岡国際医療福祉大学教授(前 佐賀大学医学部附属病院動作分析・移動支援開発センター長もの忘れ外来・高次脳障害検査担当)であり、『高齢者のモビリティ 運転可否判断から移動支援まで』(京都大学学術出版会)の編訳者でもある堀川悦夫氏に日本の免許返納の問題点と今後の展望を聞いた。

◇ ◇ ◇

──免許返納を気持ち良くできる仕組みができていないように感じる。問題はどこにあるのか。

日本は世界に先駆けて超高齢化社会を迎え、課題先進国とも言われている。高齢者のクルマの運転や断念後の移動手段の確保に関しても他国よりも進んでいて「日本のお家芸」だと思っていた。

しかし、医学系は医学系で診断が中心。運転断念後の世界は別と考えているようだ。また交通心理学系では疾患の話は出てこず、性格特性や指導が中心で実際の高齢者の日常的データを踏まえて議論・研究を進める人が少ないように感じる。そして医療関係者は移動手段を確保しようとしているところと話がなかなか出てこない。

日本では高齢者と交通問題について研究されているものの、トータル的な対応は十分に考えられていないように思う。

高齢者の交通問題をトータルで考えるアメリカ

──『高齢者のモビリティ』を出版した目的を教えてほしい。

『高齢者のモビリティ』で紹介したアメリカの事例では、医学、服薬の影響、心理学的観点、さらには道路設計や運転断念後の支援など、トータルで高齢者の交通問題を捉えており、日本のこれからの仕組みづくりに役立つと考えたからだ。また日本が全国一律の方法を導入しているのに対し、アメリカは州ごとに運転免許の更新など交通に関する基準やルールが異なり、多様なアプローチがあることを日本に例示したいと思った。

クルマは高齢者にとって必要不可欠な移動手段だ。運転を断念せざるを得なくなれば途端に移動できなくなり、生活の質が低下する。

そのため運転可否判断を医学的・科学的に正確に行う必要があり、運転リハビリテーションを行って改善できるのであれば、できるだけ運転の期間を延ばす仕組みを全国で確立する必要がある。

また運転ができないと判断した場合は、その人に対してクルマの代わりとなる移動手段を提案するべきだ。免許返納に悩む高齢者の多くは、自分でクルマを運転して暮らす以外のイメージをなかなか持てない。家族が運転するクルマの助手席に乗せてもらったり、地域のバスやタクシー、電動車いすを使うなど、いろんな移動手段の利用を検討して移動の自由を確保してほしい。

しかし、運転可否判断を医学的・科学的に正確に行っている地域でも、運転断念後の移動手段を提案できる地域は非常に少ない。これが日本の実情だ。

プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

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