コラム

クルマ中心の道路計画が招いた「歩行者が一番危ない」という現実

2021年01月28日(木)17時45分

交通事故に遭う子どもの約7割は一方的に巻き込まれる側(写真はイメージです) kazuma seki-iStock

<クルマのスムーズな通行を最優先し、歩行者や自転車の安全が侵食されてきた結果、子どもの登下校さえ家族が送迎しているという地域も>

「登校途中に生徒が亡くなりました。命を大切にしたいという思いから植樹されました。学校では毎年、命について考える時間を設けています」

ある中学校の校長先生が、校庭に植えられた「命の樹」について話してくれた。尊い子どもの命が失われれば、父兄や地域、学校は深い悲しみと不安に覆われる。

こうした子どもの交通事故はどれくらい起きているのか。発生件数を見ていきたい。

内閣府「平成30年(2018年)度交通安全白書」によると、2017年の死者数は小学生26人、中学生10人、高校生で38人だ。同じく2017年の死亡者数を含む子どもの死傷者数(歩行中、自転車乗用中、自動車乗車中、二輪車乗車中、その他)は、小学生1万7129人、中学生9107人、高校生は1万8737人という結果だった。

危ない目に遭っても学校や警察に届け出なかったり、親にも言っていないケースが非常に多く、実際の負傷者はもっと多いはずだ。筆者も中学生の頃、交差点で高校生とぶつかって右肘から血が出て痛かったことを覚えているが、親には話していない。

子どもの交通事故の原因は、約3割が飛び出しや信号無視といった子ども側の交通ルール違反にある。しかし、残りは子ども側に過失のない事故だという。自転車の場合も、子ども側に原因がない事故が約4割とされている。

「クルマに乗っていた方が安全」

内閣府(2017年)によると、日本の人口10万人当たりの死者数は世界的に見て非常に低く、2人のノルウェー、2.5人のスウェーデン、2.7人のスイス、2.8人のイギリス、3.2人のデンマーク、3.3人のアイルランドに続き、日本は3.5人で第7位に位置する。アメリカの11.4人という数値と比較すれば、日本がどれだけ安全な国かが分かるだろう。

一方、交通事故死者数の構成率からは日本の歪(いびつ)さが見えてくる。最も高い「歩行中」が36.9%、「自転車乗用中」が15.3%。「クルマの乗用中」が20.9%で、「二輪車乗用中」が16.3%だ。ここから分かるのは、歩行中や自転車乗用中の事故が半数近くを占め、クルマの乗用中の事故よりも圧倒的に高いということだ。上位を占める他国では、歩行者や自転車の事故は10%代で、クルマの乗用中が約半数を占める。

兵庫県の地方部のある自動車販売店のスタッフは、「クルマに乗っていた方が安全だよ。田舎は歩いたり自転車に乗ったりすると危ないから」と免許返納を考える高齢者に言ったという。最初は耳を疑ったが、日本の実情をよく示している会話だと思う。

プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

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