コラム

無差別殺傷事件は6月に多発... 日本がいまだ「自爆テロ型犯罪」に対して脆弱な理由

2023年06月02日(金)18時50分

そもそも、動機の解明によって犯罪を防ごうとする「犯罪原因論」は、海外では人気がない。というのは、現在の科学水準では、犯罪の動機を特定することは困難であり、仮に特定できたとしても、その動機を取り除く方法を開発することは一層困難と思われているからだ。

海外で人気があるのは、場所に注目する「犯罪機会論」である。それは、犯罪原因論のように、「なぜあの人が」という視点から動機をなくそうとするのではなく、「なぜここで」という視点から犯行のチャンスをなくそうとする。つまり、動機があっても、犯行のコストやリスクが高く、犯行によるリターンが少なければ、犯罪は実行されないと考えるわけだ。

人の性格や境遇はバラバラなので、犯罪の動機も人それぞれだ。そのため、動機をなくすための治療や支援が、犯罪者の特性にピッタリ合えばいいが、ミスマッチの可能性は高い。これに対して、犯罪の機会は環境を改善すればするほど減っていく。つまり、努力に比例して確実に犯罪を減らせる。

こうした視点から、海外では、同じ予算、同じ人員、同じエネルギーなら、犯罪原因論ではなく、犯罪機会論に投入すべしというのが、治安関係者のコンセンサスだ。それは、納税者からの強いリクエストからもたらされたものである。

「眠れる警察官」で暴走車テロを防ぐ

犯罪機会論は「自爆テロ型犯罪」にも有効である。犯罪機会論が出す「処方箋」はシンプルだ。その場所を「入りにくく見えやすい場所」にするだけである。

例えば、猟銃を使用した殺傷事件を防ぐには、警察署、猟友会、射撃場など、所持者の自宅以外の場所で管理することが有効である。猟銃のある場所を「入りにくい場所」にするからだ。猟銃を取りに行く間に、犯罪企図者がクールダウンすることも期待できる。また、猟銃にGPSをつけることも効果的だ。これは、猟銃のある場所を「見えやすい場所」にする工夫にほかならない。

ニース、ベルリン、ロンドン、バルセロナ、ニューヨークで起きたように、「車両突入テロ」がテロの主流となりつつある。こうした暴走車によるテロを防ぐには、進入路にボラード(車止め)を設置することが有効だ。犯罪機会論的に言えば、歩行者がいる場所を、自動車が「入りにくい場所」にするわけだ。欧米では、道路に埋め込んでリモコンで昇降させられる「ライジングボラード」が多数設置されている。

komiya230602_3.jpg

クロアチアのボラード 筆者撮影

それだけの予算をかけることが難しい場合もあるだろう。その場合でも、「ハンプ」なら安価で設置できる。ハンプ(英語で「こぶ」の意)とは、車の減速を促す路面の凸部(盛り上がり)のことだ。

ハンプは、「眠れる警察官」とも呼ばれ、オランダで生まれたボンエルフ(オランダ語で「暮らしの庭」の意)を起源とする。ハンプが道の途中にあると、車体が持ち上がりそして落ちる。そのため、恐る恐るゆっくり越えなければならない。さもなければ、車が跳ね上がり、天井に頭をぶつけてしまう。したがって、ハンプを設けておけば、全速力で行う「車両突入テロ」を難しくできる。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 5
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story