コラム

「危ない人」は無理でも「危ない場所」なら対策できる──地域安全マップで身に付く防犯知識

2022年09月06日(火)06時00分

にもかかわらず、小学校で作られている地域安全マップのほとんどは、作り方を間違えている。例えば、不審者が出没した場所を表示したり、不審者への注意を呼びかけたりする「不審者マップ」がそうだ。人に注目しても、危険を予測することは難しく、差別や偏見、あるいは人間不信を助長するだけである。

犯罪が起きた場所を表示した「犯罪発生マップ」も作り方を間違えたものだ。子どもは「虫の目」で世界を見ているので、作るべきは3次元の景色を再現する地域安全マップである。犯罪発生マップは「鳥の目」で見た2次元の俯瞰図なので、警察や行政でなければ役に立たない。

正しい方法で地域安全マップづくりが行われた場合にのみ、景色を見て安全と危険を識別する「景色解読力(危険予測能力)」が高まる。

大阪教育大学附属池田小学校の孕石泰孝教諭と岩井伸夫教諭は、小学校で行った地域安全マップの授業を、児童への事前と事後の意識調査によって検証し、危険予測能力の向上という学習効果があったと結論づけている。

また、2019年に文部科学省委託「学校安全総合支援事業」のモデル校になった新潟県上越市立里公小学校で実施したアンケート結果でも、景色解読力の向上が確認できる。

komiya220906_data.jpg

筆者作成

この比較表は、地域安全マップの授業の前と後に、児童と保護者を対象に防犯知識を問うたものである。注意すべきは、このアンケートが「意識調査」ではなく「知識調査」であるという点だ。この種の調査では、「防犯意識は高まりましたか」と問うことが多いが、これでは意味がない。意識が高まっても、間違った知識のままでは、状況は悪化するだけだからだ。重要なのは、精神論的な「意識」ではなく、科学的な「知識」なのである。

このアンケートを見ると、子どもたちの景色解読力が大幅に上昇したことが分かる。というのは、正答率の著しい向上は、正しい知識を大量に吸収したことを意味するからだ。それに引き換え、保護者の知識レベルは、それほど高まっていない。家庭で、子どもから授業の内容を聞いた保護者がいれば、そうでない保護者もいたことがうかがえる。

このように、筆者は、地域安全マップを通じて、「原因論から機会論へ」というパラダイムシフトを日本でも起こそうと努めてきた。「任重くして道遠し」ではあるが、子どもたちの未来の道標にもなる地域安全マップの普及に今後も尽力していきたい。

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ停戦が発効、人質名簿巡る混乱で遅延 15カ月に

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story