コラム

安倍元首相銃撃事件で次の段階に進んだ「自爆テロ型犯罪」

2022年07月12日(火)13時40分

次に、中期的には、不満の底流にある格差や貧困を解決すること求められる。

バブル崩壊後の「失われた30年」がたびたび指摘されるが、実際、G7(日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ)という先進国グループから、最初に日本が脱落しそうである。

下図は、経済協力開発機構(OECD)による「失われた30年」(1990年~2021年)のG7参加国の賃金上昇率を比較したものである。そこからは、日本の賃金が上がっていないことが分かる。

賃金が上がらない理由については諸説あるが、やはり重要なのは、労働生産性の低さである。

下図は、オックスフォード大学を拠点とする統計サイトOur World in Dataによる「失われた30年」(1990年~2017年)のG7参加国の労働生産性上昇率を比較したものである。日本は、精神論・根性論で労働生産性の低さを補って、経済を支えてきたということなのか。

労働生産性が上がらない主要因は、IT革命やデジタル・トランスフォーメーションの遅れである。例えば、未だにファクスを使い続けている組織が多く、河野太郎行政改革担当大臣(当時)が「中央省庁のファクス廃止」を発表したときにも、各省庁から400件を超える反論が寄せられた。学校のデジタル教育やオンライン授業も進んでいないので、ITスキルやITリテラシーの向上はおぼつかない。

中期的には、こうした状況を改善しなければならない。そのためには、デジタル教育、ITリテラシー教育、オンライン授業を本格化し、「不登校」「引きこもり」「いじめ」といった言葉が死語になるまで、学校教育の多様化を進める必要がある。もちろん、ITスキルやITリテラシーを高める職業訓練や社会教育を充実させることも必要だ。

「ベーシックインカム」は防犯にも効果

もっとも、失業中でも教育を受けられるには、経済的に安定した生活が保障されていなければならない。したがって、基本的な生活費を保障する「ベーシックインカム」の導入も検討すべきである。ベーシックインカムは、全国民に対して最低限の現金を老若男女などの区別なく均一給付するものなので、導入すれば年金や生活保護の審査と管理のコストをなくすことができる。

カナダのドーフィンで行われたベーシックインカムの社会実験(1974年~77年)を分析したウェスタン・オンタリオ大学のデビット・カルニツキーとペンシルベニア大学のピラル・ゴナロンポンスは、「実験的な所得保障が犯罪と暴力に与える影響」(2020年)という論文で、ベーシックインカムの導入後、財産犯罪だけでなく、暴力犯罪の発生率も低下したと結論づけている(下図参照)。ベーシックインカムが「人間に対する投資」と呼ばれるゆえんである。

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プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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