コラム

安倍元首相銃撃事件で次の段階に進んだ「自爆テロ型犯罪」

2022年07月12日(火)13時40分

こうした本質を見て見ぬふりをしていては、状況は悪化していくだけだ。

そこで、こうした点を踏まえて、自爆テロ型犯罪を防ぐための対策を考えてみたい。

まず、短期的には「犯罪機会論」の導入が必須である。なぜなら、グローバル・スタンダードである犯罪機会論の普及が日本では相当に遅れているからだ。

犯罪機会論は、犯罪の動機を抱えた人が犯罪の機会に出会ったときに初めて犯罪は起こると考える。動機があっても、犯行のコストやリスクが高くリターンが低ければ、犯罪は実行されないと考えるわけだ。

犯罪機会論では、「領域性が低い(入りやすい)場所」と「監視性が低い(見えにくい)場所」で犯罪が起きやすいことが分かっている。そこから、犯罪機会論は、「ゾーニング(すみ分け)」や「多層防御」を提案する。この手法は、施設の設計だけでなく、通学路の安全、インターネットのセキュリティ、警備態勢などにも応用できる。

「ディフェンダーX」も方策の一つ

警備では、最悪を想定して、様々なシミュレーションを行うことが必要である。ドローンによる攻撃、暴走車の突入、3Dプリンターで製造された銃の発砲なども想定しなければならない。

暴走車の突入は、2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件が端緒となり、ローンウルフ(一匹オオカミ)型のテロで多用されるようになった。例えば、16年7月のニース、同年12月のベルリン、17年4月のストックホルム、同年6月のロンドン、同年8月のバルセロナ、同年10月のニューヨークといった具合だ。

安倍元首相銃撃事件の現場をゾーニングや多層防御の基準で検証すれば、犯罪機会論の浸透度がお分かりになるだろう。

すでに防犯カメラが設置されていたり、設置が可能であったりする場所では、「ディフェンダーX」という先端テクノロジーを導入することも一つの方策である。

ディフェンダーXは、ポリグラフ(俗称「うそ発見器」)や、離れていても心拍と呼吸を感知できるドップラーセンサー(電波センサー)のような生理学的視点から、精神的ストレスに起因する表情筋(顔の筋肉)の微振動を解析するソフトウェアである。これを防犯カメラに搭載すれば、犯罪企図者の「今ここ」での緊張状態を調べることができる。顔認証ソフトと異なり、顔のデータベースは必要ないので、人権上の問題は起こらない。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story