コラム

日本のAI犯罪予測システムに期待できない理由

2022年05月18日(水)10時40分

第2に、AIに覚えさせるデータに「認知件数」しか含まれていないこと。

警察は発生した犯罪のすべてを把握しているわけではない。「認知件数」は、警察が知ることができて処理した犯罪の数だ。犯罪が発生しても、警察が見つけられなかったり、被害者や目撃者が警察に連絡しなかったりすれば、その犯罪は闇に消えていく(統計に出ない数は「暗数」と呼ばれている)。

では、犯罪発生の実態はどうなのか。

最も信頼できる統計は、法務省の「犯罪被害実態(暗数)調査」である。これは、2019年に16歳以上の男女を対象に実施した被害体験の調査だ。

それによると、例えば、5年以内に窃盗に巻き込まれたことがある人は全体の2%だった。実数にすれば(生産年齢人口で計算)、約140万人の窃盗被害者だ。その被害申告率、つまり警察に被害届を出した割合は42%、つまり被害届を提出したのは約60万人だった。実際には、警察が把握した事件の倍以上の窃盗が発生していたわけである。

警察が知らない窃盗事件を起こした犯人は、ほとんどが逮捕されていないだろう。警察が知ることができた窃盗事件でさえ、逮捕されたのは41%である。総合すれば、実質的な窃盗の検挙率は約1割にすぎないと推計される。

なぜ、これほどまでに多くの犯罪者が捕まらないのか。

その答えは、「犯罪機会論」からは明白だ。捕まらないのは、捕まりそうにない場所を選んでいるからだ。ほとんどの犯罪者は、犯罪が成功しそうな場所、つまり犯罪機会がある場所でしか犯罪を行わない。だからこそ捕まったりはしないのである。捕まるのは、犯罪が失敗しそうな場所でも犯罪をしてしまう、ごく一部の犯罪者である。ニュースでは、この種の犯罪者ばかりが取り上げられることになる。

要するに、AIが「認知件数」しか学習しなければ、つまり「認知事件」を教師データ(正解出力データ)とすれば、怖いもの知らずで軽はずみな犯罪者が現れる場所しか予測できないのである。

第3に、AIのアルゴリズム(計算手法)が間違った常識にとらわれていること。

例えば、次のような「犯罪機会論」の知見は、アルゴリズムにきちんと組み込まれているだろうか。

・犯罪者の場所選びは、マクロ(地域)→メゾ(地区)→ミクロ(地点)の3ステップで行われる。
・子どもの誘拐事件の8割は、だまされて自分から喜んでついていったケース。
・暗い場所よりも明るい場所の方が犯罪発生率は高い。暗い場所が犯行現場になったケースでも、その多くは、そこで待ち伏せしていたのではなく、明るい駅やコンビニで被害者がターゲットロックオンされ尾行されたケース。

現在のAIブームに水を差してしまったかもしれないが、実は、「犯罪機会論」はAIと非常に相性がいい。というのは、「犯罪機会論」では「景色解読力」が最も重要だが、ディープラーニングが得意とするのは、そうしたパターンや画像の認識(診断)だからだ。先行する医療AIでも、画像診断が中心らしい。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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