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日本のAI犯罪予測システムに期待できない理由
複数の層を重ねたディープラーニングでは、最初に環境因子のデータを入力する「入力層」から、さまざまな計算を行う「中間層(隠れ層)」を経て、最終的に犯罪発生状況が出力される「出力層」へと至る。したがって、コンピューターには、入力層と出力層に関する膨大なデータを覚えさせ、どう計算すれば入力層と出力層が正確に結びつくかを探らせなければならない。
豪モナシュ大学のヤコブ・ホーヴィ教授は、『予測する心』(勁草書房)の中で、「私たちは外界のモデルを感覚入力に照らして更新するし、外界のモデルに照らして感覚入力をサンプリングしたりもする」と説明している。つまり、脳が行う予測が外界からの感覚情報と一致しなかったときには、予測をやり直すか、予測と一致する感覚情報を外界に求めるかのどちらかで対処するというのだ。
同じように、脳を真似たディープラーニングでも、入力層と出力層が正確に結びつかない場合には、何度でも中間層を組み立て直す(計算方法を修正する)必要がある(誤差逆伝播法)。こうして、入力層と出力層が正確に結びつけば、犯罪予測システムの完成だ。入力層のデータで出力層の犯罪を予測できることになる。ただし、なぜそうなるのかまでは分からない。
主観的な「不審者情報」と客観的な「犯罪発生情報」は、同列には扱えない
お気づきかもしれないが、ディープラーニングでは、入力層と出力層に関するデータの的確性が予測システムの命運を握っている。「犯罪機会論」を無視すると、ここで大きなミスを犯すことになる。データサイエンスの視点から見れば最高のシステムでも、犯罪学の視点から見て最低のシステムになりかねないのだ。それはまるで、高級な洋服のボタンを掛け違えたままパーティーに出席するようなものである。
私が気になっているのは以下の点だ。
第1に、AIに覚えさせるデータに「不審者情報」が含まれていること。
警察の定義では、不審者とは「声かけ事案等を行い、又は行うおそれのある者」だ。ここで言う「声かけ事案等」とは、「子どもに対する声かけ、つきまとい事案等で、それ自体が犯罪行為に当たる場合があるだけでなく、略取・誘拐や性犯罪等の重大な犯罪の前兆事案ともみることができるもの」を指す。要するに、警察が想定する不審者には、「犯罪行為を実行した者、その前兆行為を実行した者、それらの行為を実行するおそれのある者」の3種類があるわけだ。
このうち、「犯罪行為を実行した者」はデータ的には問題ないが、残りの2類型はデータ的にはノイズでしかない。例えば、公開されている不審者情報には、「友達と帰宅途中の女子児童が『こんにちは』と声をかけられた」「帰宅途中の女子高生が『駅に行きたいんだけど、道教えてくれる』と声を掛けられた」といった声かけ事案も含まれている。
主観的な「不審者情報」と客観的な「犯罪発生情報」は、同列には扱えないはずだ。「犯罪機会論」は、「人」には一切興味を示さないから、当然、取り扱うデータから「不審者情報」は除外される。欧米の犯罪対策では、「不審者」という言葉も使われていない。
要するに、AIが「不審者情報」を学習すれば、つまり「不審者情報」を教師データ(正解出力データ)とすれば、あいさつなどの声掛けが行われる場所も予測してしまうのである。
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