コラム

国際社会はスーチー氏一人救えないのか?

2021年12月09日(木)11時45分
スーチーの解放要求デモ

バンコクの国連支部前でスーチーの解放を要求するミャンマー人(2月22日) Soe Zeya Tun-REUTERS

<ミャンマー国軍政権に捕われたスーチー氏に有罪判決が下った。今週のG7外相会合には ASEAN代表も加わり対策を協議する一方、バイデンが呼びかけた「民主主義サミット」も開かれるが>

[ロンドン発]ミャンマー国軍の政権を認めないよう煽り、コロナ対策も怠ったとしてアウンサンスーチー元国家顧問兼外相(76)とウィンミン元大統領(70)に禁錮4年の判決(同2年に減刑)が言い渡された問題で、英リバプールで10~12日に開かれる先進7カ国(G7)外相会合に東南アジア諸国連合(ASEAN)代表団が招かれ、対策を協議することが分かった。

リズ・トラス英外相が8日、有力シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)での講演で明らかにした。「ミャンマーの状況はひどい。われわれはASEANと非常に緊密に協力している。ミャンマー問題はG7外相会合で取り上げられ、ASEANの代表もG7外相会合に出席する」

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チャタムハウスで講演するトラス英外相(筆者撮影)

ASEAN首脳級会議は4月、参加国であるミャンマーのミンアウンライン国軍司令官と(1)暴力行為の即時停止(2)平和的解決策を模索するための建設的対話の開始(3)ASEAN特使が対話プロセスを仲介し、ASEAN事務総長が補佐する(4)ASEANは人道支援を行う(5)ASEANの特使と代表団はミャンマーを訪問し、全ての関係者と面談する――ことで合意した。

トラス外相は「G7外相はASEANの5項目を強く支持する。これまで以上の前進があるだろう」との見通しを示した。「これまで以上の前進」が何を指すのかは分からない。オーストラリアではミャンマーを対象に人権侵害や深刻な汚職を対象とした米マグニツキー法方式の制裁が俎上にのぼっており、G7でも制裁強化が協議される可能性が強い。

「好ましくない動き」と口濁す日本政府

ミャンマー問題ではG7外相とジョセップ・ボレル欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表が2月に「平和的な抗議活動に対するミャンマーの治安部隊による暴力、クーデターとそれに反対する人々への威嚇および抑圧を非難する」としてスーチー氏ら2人をはじめ恣意的に拘束された人たちの即時かつ無条件の解放を求めている。

6月に英コーンウォールで開かれたG7 首脳会議でもミャンマー問題について「ASEANの5項目の速やかな実施」を求めるとともに「開発援助または武器売却のいずれについてもミャンマー国軍を利することがないよう」確認する方針を表明した。必要があれば追加的措置を追求することでも合意している。今回のG7外相会合のポイントは「追加的措置」である。

スーチー氏は2月のクーデター後に拘束・軟禁され、11件の罪で起訴された。裁判は非公開で、弁護人は口止めされた。すべて有罪になると計百年を超す禁錮刑が科される恐れがある。ミャンマーの人権状況を担当するトーマス・アンドリュース国連特別報告者は「スーチー氏ら2人は犯罪者ではなく、人質」という。国軍は裁判を通じてスーチー氏ら民主派の政治生命を奪うのが狙いだ。

日本の松野博一官房長官は7日「日本はクーデター発生以来、ミャンマー側に暴力の即時停止、スーチー氏ら拘束された関係者の解放、民主的な政治体制の早期回復を強く求めている。国際社会が民主的な政治体制の早期回復を求める中で好ましくない動きであり懸念している」とASEANなどと連携しながら改善を働きかける方針を改めて示すにとどまった。

「好ましくない動き」と松野官房長官や林芳正外相の歯切れが悪いのは、ミャンマーに進出する日系企業数が2008年の50社から現在433社(ミャンマー日本商工会議所)に増えたからだ。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは「日本政府は政府開発援助(ODA)の新規プロジェクトを中止したが、既存プロジェクトを継続している」と指摘する。

「日本は軍や政府高官、経済的な利害関係者を対象とした経済制裁には至っていない。クーデターを非難する一方で、軍事政権との外交関係を正常化する二枚舌を使っているように見える。日本は欧米諸国と協力して軍とその経済的利益に的を絞った制裁を迅速に行うとともに進行中の非人道的なODAプログラムを停止すべきだ」という。

制裁を着実に強化する欧米

これに対して欧米はクーデター以降、対ミャンマー制裁を着実に強化してきた。EUは6月、8人の個人、3経済団体と退役軍人組織を、米政府は7月にミャンマー政府の4閣僚を含む22人を新たに制裁リストに追加した。英政府も9月、武器や金融支援を軍事政権に提供し続けていたビジネス関係者に制裁を広げた。

アントニー・ブリンケン米国務長官は6日「軍事政権がスーチー氏に不当な有罪判決を下し、民主的に選出された公職者を弾圧していることはビルマ(ミャンマーの旧国名)の民主主義と正義へのさらなる侮辱だ。  法の支配を無視し続け、広範囲に国民に暴力を行使している。民主主義への道を回復することが緊急課題だ」との声明を出した。

ボレルEU上級代表も「裁判は政治的な動機に基づくものだ。 この判決は法の支配を解体する新たな一歩であり、ミャンマーにおけるさらに露骨な人権侵害を意味する。スーチー氏や国民民主連盟(NLD)を含む民主的に選出された指導者をASEANの5項目で求められている包括的な対話プロセスから排除しようとする明らかな企みだ」と非難した。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのキャンペーン担当地域副ディレクター、ミン・ユウ・ハー氏は「スーチー氏への有罪判決はクーデター以降、1300人以上が殺害され、数千人が逮捕されている破壊的パターンの一つに過ぎない。平和的に人権を行使しただけで何年も刑務所に入れられる状況に置かれている被拘禁者はたくさんいる」と強調する。

「暴力がエスカレートし、何万人もの人が避難し、コロナ危機で人道的危機が発生しているミャンマーの現状は非常に憂慮すべきだ。国際社会は民間人を保護し、重大な違反を犯した加害者の責任を追及するための行動を起こし、人道的支援と保健医療支援をすぐに提供しなければならない。医療システムはボロボロ、経済は崖っぷち、食糧不足が迫っている」

ミャンマーの政治犯支援協会(AAPP)のまとめでは8日時点で、ミャンマーでは1318人が殺害され、1万793人が逮捕された。

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AAPPのホームページより

ジョー・バイデン米大統領は9、10の両日、オンライン形式で「民主主義のためのサミット」を開催する。バイデン大統領は「民主主義は偶然、起こるものではない。私たちはそれを守り、戦い、強化し、更新しなければならない」と110カ国に参加を呼びかけた。ミャンマーや北朝鮮、イランのほか、中国、ロシアは招待されていない。

国際NGO(非政府組織)の米フリーダム・ハウスによると、ミャンマーの「グローバル・フリーダム・スコア」は政治的権利13点、市民の自由15点の計28点(百点満点はフィンランド、ノルウェー、スウェーデンの北欧3カ国)で前回より2点下げた。ちなみに北朝鮮は計3点、イラン計16点、中国計9点、ロシア計20点とミャンマーより得点が低い。

欧米の力を利用して「自由、民主主義、法の支配、人権」を盾に対中包囲網を構築しようとしてきた日本は自分の経済的利権を守るためにミャンマーの軍事政権を口先では非難しながら制裁には二の足を踏むという「二枚舌外交」をいつまでも続けていくわけにはいかないだろう。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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