コラム

シリア停戦発効でも、ますます混迷深まる欧州難民危機 その対処策を考えてみる

2016年03月03日(木)17時00分

【オーストリアとバルカン諸国9カ国】

 シリア、イラク難民に限って国の通過を認めるが、アフガニスタンや他の国からの難民は出稼ぎ目的の「経済難民」だと排除している。オーストリアは難民申請の受け付けを1日80人に絞り込む方針。マケドニアの大統領イワノフは「オーストリアの受け入れ枠はすぐいっぱいになり、手遅れになる」とギリシャとの国境警備を強化、フェンスを突破しようとした難民を催涙ガスで水平撃ちする。オーストリアもバルカン諸国もマケドニアの国境警備を支援している。

【参考記事】欧州難民危機で、スロバキアがイスラム難民の受け入れを拒否

【デンマーク】

 警察が難民申請者の所持品を検査し、現金や所持品が1万クローネ(約16万6千円)を超える場合、超過分を没収し、難民の食費や住居費に使えるようにする法案を議会が可決。難民に対して厳しい政策を打ち出せば、難民がやって来なくなると考えているフシがうかがえる。

 EU加盟国の多くが近隣窮乏化政策に走る状況はゲーム理論の「協調の失敗」に当てはめると非常に分かりやすい。短期的に見れば、難民を厳しく制限した方が負担も少なく、国内世論の支持も受けやすい。メルケルのように人道的な立場から無制限の受け入れを表明すると、さらなる難民を吸い寄せ、国民の反発を買う。オルバンに代表される東欧4カ国、オーストリアとバルカン諸国のように利己的に振る舞った方が圧倒的に有利なのだ。

 しかし国境警備を強化すれば、命からがら戦火を逃れてきた難民をもっと危険な脱出ルートに押しやってしまう。それがEUの掲げる人権や人道主義の旗印と合致するのか胸に手を当てて考えてみる必要がある。過激派組織ISはシリアやイラクだけでなく、その関連組織がアフガンやリビアで勢力を急拡大させている。中東・北アフリカの治安情勢が一段と悪化するのは避けられない。

【参考記事】「パリは隙だらけ」週刊誌襲撃から一年目に再び起きたテロ

 当面、難民危機に出口はない。EUはギリシャやイタリアなどに滞留する難民16万人について加盟国内での割り当てを決めたが、実現したのはわずか400人。この状況を放置すると間違いなくギリシャは破綻して、「移動の自由」の象徴であるシェンゲン協定は崩壊する。四分五裂状態のEU加盟国も最後は協調して難民を受け入れるしか道がないことに気づくだろう。

難民受け入れ債を発行せよ

 しかし、その時では遅いのだ。筆者はEUが「難民受け入れ債」を発行すべきだと前々から考えていたが、ハンガリー出身の投資家ジョージ・ソロスも同じ意見を主張している。EU加盟国にはドイツやオランダなどトリプルAの最上格付けを持つ国が多く、市場の信用力は抜群。しかも歴史的な低金利だ。「難民受け入れ債」を財源にして難民の受け入れ数に応じて加盟国に資金配分し、生活を保障するだけでなく、雇用や需要創出にもつなげていく。そうすれば難民受け入れにもインセンティブがつく。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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