コラム

高年齢者雇用安定法の改正と70歳現役時代の到来

2021年05月31日(月)15時10分

このような問題を解決するためには、高年齢者を必要とする企業に高年齢者が柔軟に異動(企業内と企業間を含めて)できる仕組みを構築する必要があり、そのためには労働者が定年前から定年後に就労するための教育訓練や研修等の時間を増やす必要がある。最近、よく聞くリカレント教育を普及させることも一つの方法かもしれない。リカレント教育が普及すると、定年後に雇用者として働くこと以外に、起業をする、あるいは社会貢献活動に参加する等、多様な退職後の生活が選択できるのではないかと考えられる。

2021年4月から施行された「改正高年齢者雇用安定法」では、企業が選択できる選択肢を既存の3つから5つに増やした。現在、多くの企業は人件費に対する負担を最小化するために再雇用制度を導入しているが、再雇用制度が企業にとってメリットだけを持つ制度だとは言い切れない。なぜならば、高年齢者が定年後に再雇用制度を利用して継続して働く場合、賃金が大きく引き下げられることにより働くモチベーションが損なわれ、その結果生産性が落ち、企業利益にマイナスの影響を与える可能性があるからである。

従って、今後は再雇用制度を実施する場合でも働く高年齢者のモチベーションが下がって生産性が落ちないように、同一労働同一賃金の適用を徹底する必要がある。さらに、再雇用制度以外の定年延長や定年廃止の実施も考慮することが望ましい。確かに、定年延長や定年廃止は再雇用制度に比べて企業の人件費負担を増やす可能性はあるものの、その代わりに生産性を向上させ、優秀な人材がより長く企業に貢献できる環境を構築できるというメリットもある。

また、将来の労働力不足が深刻な社会問題として浮上している中で、定年延長や定年廃止の実施は、就職を準備している若年者に「この会社なら安心して長く働くことができる」というイメージを与え、優秀な人材を確保することにも効果があると考えられる。もちろん、企業としては福祉として高年齢者を雇用するわけにはいかないので、生産性に寄与することを条件として定年延長の対象者を決めるとともに、他の企業で実施している「段階的な定年制度」や「選択定年制」等を参考に、企業の実情に合わせた定年延長を実施する必要がある。今回新しい選択として追加された「70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ制度の導入」に関しては、株式会社タニタが2017年に導入した「個人事業主制度」が参考になるだろう。

今回の「改正高年齢者雇用安定法」では、新たな選択肢として「70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ制度の導入」、「70歳まで企業自らのほか、企業が委託や出資等する団体が行う社会貢献活動に従事できる制度の導入」が設けられた。この選択肢は企業の負担を緩和させるための措置であると言えるが、新しい選択肢で働く高年齢者の場合は、元々働いていた企業との雇用関係がなくなり、労働者保護の関連法が適用されにくくなる可能性も高いと考えられる。高年齢者は身体機能の衰えなどで労働災害に遭いやすいものの、労災保険に入れず、最低賃金の保障も適用されないこともあるかと考えられる。

政府の高年齢者雇用対策が企業の生産性向上や労働力確保、そして、高年齢者の社会貢献や所得確保につながり、活力ある社会が維持されることを望むところである。

*この記事は、ニッセイ基礎研究所からの転載です

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員、亜細亜大学特任准教授を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

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