コラム

独立直後のイスラエルが行ったパレスチナ人の「民族浄化」を告発する

2018年02月07日(水)16時09分

パぺはイスラエルで1980年以降に出てきた「ニュー・ヒストリアン(新しい歴史学者)」と呼ばれる歴史学者の1人であり、1948年以来のイスラエル政府による公式の歴史に対して、新たに開示された記録資料や証言などを使って、イスラエルの建国の背後にある歴史を実証的に批判して、隠されてきた事実を掘り起してきた。

パぺによる本書の特徴は、単に研究者として過去の歴史に向き合うというだけでなく、自国による過去の戦争犯罪を掘り起こし、告発しようとするその姿勢であろう。そこには、自国が犯した過去の犯罪について責任をとることによってしか自分たちの未来を開くことはできないという、市民としての責任感を感じることができる。

パぺが本書でイスラエル側から記述している「民族浄化」は、現在のパレスチナ難民にとってはどのように記憶されているのだろうか。私は昨夏、レバノンの首都ベイルート郊外にあるパレスチナ難民キャンプ「シャティーラ」を訪れた際、1948年、13歳のときにパレスチナの村を追われた82歳の老人の話を聞いた。

老人は旧パレスチナ北東部にあるサフサーフ村の出身だった。この村はパぺの著書に、イスラエル軍によって1948年10月29日に村人の虐殺があった場所として登場する。イスラエル軍が村を制圧した後、「捕らわれた大勢の人の中から70人の不運な男たちを選び出した。彼らは目隠しのまま離れた場所に移され、即座に銃殺された」とあり、事件はイスラエル軍の記録文書で裏付けられているという。

老人は「9月か10月ごろで、まだ冬にはなっていなかった」と語った。高地にある村は冬になれば、雪も降るが、まだ雪は降っていなかったということである。老人の証言はこうだ。


(ユダヤ人部隊は)家を回って、中にいた若者と大人たちを外に出そうとした。私は逃げて、家族が避難している家に戻ったが、ユダヤ人部隊が家に来た。ドアのところに立って銃を構えていたユダヤ人は兄に「外に出ろ」と言った。私は兄に抱きついて、外に行かせないようにした。私は「兄は外には出ない」と叫んだ。すると、ユダヤ人は私の腕を兄から引きはがし、私を殴り、私は床に倒された。ユダヤ人は兄を外に出した。その時、兄ら若者と大人たちが外に出され、ドアが閉められた。その後、タタタタタタッと自動小銃の音が響いた。ユダヤ人が立ち去った後、家の中にいた女たちは外に出て、折り重なった家族の遺体にすがりついた。

老人が「タタタタタタッ」と長めに自動小銃を口真似した音が、私の耳に残った。その日の夜、残された数百人のサフサーフの村人は恐怖に取りつかれて村を出て、レバノン国境を越えたという。

老人の証言は、1948年の第1次中東戦争でイスラエル軍による村人の虐殺行為があり、そのために村人たちが村を捨てたことを裏付けている。パぺの著書によって、それが戦場で偶発的に起こったものではなく、独立したばかりのイスラエルがパレスチナ人を組織的に排除する「民族浄化」作戦として実施していたことが見えてくる。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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