コラム

2017年は中東ニュースが減る「踊り場の年」に【展望・前編】

2017年01月17日(火)20時07分

エジプトでもシリアでも、旧強権体制勢力が巻き返し

「アラブの春」の第3段階は、2013年7月のエジプト軍のクーデターなど、旧強権体制勢力の巻き返しの時期である。軍は若者たちの「反ムルシ」デモに乗じて、ムルシ大統領を排除した。エジプト軍のクーデターを支援したのはサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、クウェートなどの湾岸産油諸国だった。エジプトでは軍出身のシーシ大統領が率いる現政権が成立し、同胞団も若者組織も弾圧され、ムバラク時代以上の言論弾圧と強権体制となった。

【参考記事】エジプトの人権侵害を問わない日本のメディア

 一方、シリアの第3段階は2013年春に危機的状況だったアサド政権の軍事的な巻き返しである。友好国のイランが軍事的支援に入り、イラン革命防衛隊の指令下にあるレバノンのシーア派武装組織ヒズボラの地上部隊がシリアに応援に入り、政権軍の反転攻勢が始まった。

イスラム国(IS)の出現は「アラブの春」の終焉ではない

「アラブの春」の第4段階は、同胞団の退潮と入れ替わるように起こった、2014年6月の「イスラム国(IS)」登場である。イラクからシリアにまたがるISに対して、同年9月には米国が主導する有志連合による空爆が始まった。15年11月にはパリ同時多発テロなど「イスラム国」が犯行声明を出す深刻なテロが起こった。この年は、シリア難民を中心に100万人の難民がトルコからエーゲ海をわたって欧州に密航する動きが起こった。15年はシリア内戦が絡む戦闘も、テロも、難民流出も、すべての面で最悪の年だった。

 ISの出現を「アラブの春」の終焉と考える見方もあるが、私はこれまでも書いてきたように、ISの出現は「アラブの春」の流れの中で起こり、「アラブの春」はISという形で続いていると見ている。「イスラム国」にまつわる"誤解"については新刊『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)に詳述したが、「アラブの春」もISも、担い手は若者たちであり、腐敗と不公正が蔓延するアラブ世界の「旧体制」を打破しようという主張は共通する。インターネットの「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」を活用して動員し、行動主義的であるという動き方も通じる。

 エジプトやチュニジアで始まった「アラブの春」のスローガンは「自由と公正」だった。カイロでタハリール広場を埋めた若者たちは「アダーラ(公正)」を叫んだ。長期の強権体制の下で、権力とのコネがなければ、就職もビジネスもできないという「腐敗と不公正」の打破を求める声だった。欧米や日本はアラブの若者たちが、西洋的な自由や民主主義を求めていると考えたが、それは自分たちの思いを投影しているだけで、全くの錯覚だった。

 かつて欧米で「公正」を求める政治運動だった社会主義は「アラブの春」の20年前に終わっていた。アラブ世界の若者たちはグローバル化と結びついた「格差」に不満を強めたが、それは単に経済的な格差ではなかった。「権力と結びついた格差」であり、若者たちのデモは「イスクト・ニザーム(体制打倒)」を叫び革命的な色彩を持った。

「アラブの春」を主導した若者たちは当初、組織も、明確な思想も、政治的目標もなかった。ただし、若者たちには「反欧米、反イスラエル」の主張が強かった。それは、今世紀に入って起こった米国のイラク戦争やイスラエルによって繰り返されるパレスチナへの軍事攻勢に対する反発だった。さらに民主主義を欧米的な価値観と考え、革命後の選挙にも積極的に参加しようとはしなかった。

「アラブの春」で若者たちが求めた「公正」は、次第にイスラム的な色彩を強めた。<反強権、反欧米・反イスラエル、反民主主義、反ムスリム同胞団>という流れの中で、若者たちに広がったのはイスラム厳格派の「サラフィー主義」である。サラフィー主義といっても平和的な運動が主流だった。そのなかに、ジハード(聖戦)によってイスラムを実現しようとするアルカイダやISのような戦闘的な「サラフィー・ジハーディ(聖戦主義的サラフィー主義) 」がいる。

 エジプトでもシリアでも、旧体制勢力が軍事力に訴えて、「アラブの春」の危機を抑え込みにかかった。選挙を通しての「公正」を目指したムスリム同胞団は排除された。その後、サラフィー主義に傾倒した若者たちが軍事化、戦闘化し、ISに参入する流れが起こった。2006年にイラクで生まれた「イラク・イスラム国」はシリア内戦に参入した後、「アラブの春」の若者たちのエネルギーを吸収して、肥大化したのである。

【参考記事】イスラム国は「アラブの春」の続きである【アラブの春5周年(下)】

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏 、 ホルムズ海峡に多くの国が軍艦派遣と

ビジネス

最近の急速なウォン安・円安、深刻な懸念共有=日韓対

ワールド

米戦略石油備蓄の第1弾、来週末までに供給 8600

ビジネス

日立とGEベルノバ、東南アジアで小型モジュール炉導
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 2
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革命をもたらす「新世代ドローン」とは?
  • 3
    イラン攻撃のさなか、トランプが行った「執務室の祈祷」を中国がミーム化...パロディ動画が拡散中
  • 4
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 5
    ファラオが眠る王家の谷に残されていた「インド系言…
  • 6
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 7
    ホルムズ封鎖で中国動く、イランと直接協議へ
  • 8
    機内で「人生最悪」の経験をした女性客...後ろの客の…
  • 9
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 10
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 6
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 8
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 9
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 10
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story