コラム

エジプトの人権侵害を問わない日本のメディア

2016年04月08日(金)15時42分

強権的なエジプトのシーシ大統領は国内で人権を侵害し、アムネスティなど国際人権組織も批判しているが、2月の来日時、日本メディアがその点を指摘することはなかった(2015年11月の訪英時のシーシ) Andy Rain/pool-REUTERS

人権組織から日本の外相への公開書簡

 アムネスティ・インターナショナル日本とヒューマン・ライツ・ウォッチが4月に入って岸田文雄外務大臣宛てに、エジプトの人権侵害に対する懸念を憂慮し、日本政府にも懸念を表明するよう要請する公開書簡を出した。

 公開書簡によると、「エジプトではここ数か月の間に、人権NGOの財源に関する調査名目で当局が複数のNGO関係者を召喚、尋問し、旅行を禁じ、個人や家族の財産を凍結しています」という。

 国際的な人権組織である両組織は、エジプトでの2013年7月の軍のクーデターや、その時に排除されたイスラム政治組織「ムスリム同胞団」出身の民選大統領ムルシ氏ら数百人が裁判所で死刑判決を受けたことなどについて、たびたび人権違反として非難してきた。

【参考記事】強権の崩壊は大卒失業者の反乱で始まった【アラブの春5周年(上)】

 今回、両組織の日本の事務所は公開書簡の中で、「2月下旬、エジプトのエルシーシ大統領が訪日して安倍総理との首脳会談が実現し、外務省は『我が国とエジプト・アラブ共和国との親善関係を一段と深めるもの』と発表しています」と日本がエジプトのシーシ政権との関係強化を図っていることを挙げ、「現在起きているエジプト当局によるNGOへの弾圧を公に非難するよう日本政府に要請します」としている。

 このような国際人権組織の動きは、軍主導のエジプト政府が、2011年のエジプト革命の後、民主的に実施された議会選挙と大統領選挙で勝利したムスリム同胞団を排除しただけでなく、市民社会の要ともいえる人権組織への圧力を強めていることを示している。

チュニジアとは真逆に動くエジプトの情勢

 エジプトの状況は、昨年ノーベル平和賞を受けたチュニジアとは、真逆に動いている。チュニジアでは、革命後に選挙で政権を主導したイスラム勢力と、西洋的な富裕層の声や利益を代弁する世俗派勢力の深刻な政治的対立を、「国民対話カルテット(4団体)」と呼ばれた市民組織が仲裁する形で、政治的な融和を実現した。その4団体とは、「チュニジア労働総連盟(UGTT)」と「産業商業手工業連合」という労使の代表と、法律家の集まりである「全国弁護士会」、さらに人権組織の連合体の「人権擁護連盟」だった。

【参考記事】ノーベル平和賞のチュニジアだけが民主化に「成功」した理由

 エジプトで軍が富裕層の支持を得て、ムスリム同胞団を排除しようとするのは、政治闘争の問題である。しかし、民衆に基盤を持つ同胞団を政治から排除していては、エジプトの政治的な安定は現実的には困難に思える。同胞団は2011年末の議会選挙では40%以上を得票して議会第一党となり、ムルシ氏も2012年の大統領選挙決選投票で52%の得票で当選しており、同胞団を排除するということは、国民のかなりの部分を政治から排除することになりかねない。昨年11月に行われた議会選挙で、投票率が革命後最低の28%台になったのは、その現れである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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