コラム

エジプトの人権侵害を問わない日本のメディア

2016年04月08日(金)15時42分

「テロとの戦い」を口実とした政治弾圧

 エジプト政府は、同胞団の排除も、若者による民主化を求めるデモの排除も、「テロとの戦い」という口実の下に行っている。シーシ大統領は2015年8月に「反テロ法」を施行した。テロ行為については「力や暴力、威嚇、脅しを使って、公共の秩序を乱すこと、社会の安全や利益を危うくすること、個人の自由や権利を侵したり、国の統一や平穏や治安や環境や建造物や財産を損なったりすること、公共の権威や司法機関や政府機関などがその職務や活動の全部または一部を実施することを妨害すること」と実に幅広く規定している。

【参考記事】アラブ「独裁の冬」の復活

【参考記事】残虐非道のエジプト大統領がイギリスで大歓迎

 法案が公表されて以来、国際的な批判が噴出していた。特にテロの定義が曖昧だとして問題視された。アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチなどの国際的人権団体は、デモやストなど「市民的な不服従の行為」が「テロ」と分類されかねない危険性を批判した。実際に、デモやストなどで政府の業務を妨げることは「テロ」と認識され、政府に抗議してデモやストを呼びかける声をメディアが報道すれば、それも「公共の利益を害し、テロへの参加を呼びかける行為」とみなされることになりかねない。

 軍を背景とした政府の権力乱用を監視する役割を担う人権組織を排除すれば、ますます権力の歯止めが利かなくなる。それによって市民社会はますます力を失い、チュニジアで実現したような世俗派とイスラム派の融和の道も遠くなる。それは決して、エジプトの利益にも安定にもつながらないだろう。
 
 エジプトの混乱は、エジプトだけの問題ではない。政治的にはアラブ世界を主導する国であり、宗教的には世界のイスラム教徒の9割を占めるスンニ派の宗教者を養成する権威機関のアズハル機関(モスク、大学)があり、世界中から留学生を集めている。もし、エジプトの国内が混乱していなければ、現在進む中東の混乱やイスラム世界の分裂を克服するために重要な役割を担うことができる国である。

独シュピーゲル誌は大統領に厳しい質問

 シーシ大統領は2015年6月にドイツ、11月に英国を訪問し、欧州への外交攻勢に出た。2月末の訪日はその流れにある。ドイツと英国への訪問については、エジプトの人権状況に対する強い反発が、両国の市民団体から上がった。両国のメディアに批判的な報道が出た。それに比べて、日本ではシーシ大統領の訪問について、エジプトの人権状況が問題になることもなく、それを批判する報道もなかった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ジャーナリストの投獄、世界で330人と依然高水準 

ワールド

デンマーク外相、トランプ氏の武力不行使発言を評価 

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、25年12月は9.3%低下 

ワールド

FRB議長候補は「就任すると変わる」、トランプ氏が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」の写真がSNSで話題に、見分け方「ABCDEルール」とは?
  • 2
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の核開発にらみ軍事戦略を強化
  • 3
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている「とてつもなく巨大な」生物...その正体は?
  • 4
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 5
    飛行機よりラク? ソウル〜釜山「110分」へ――韓国が…
  • 6
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    「怖すぎる...」モルディブで凶暴な魚の群れに「襲撃…
  • 9
    宇宙人の存在「開示」がもたらす金融黙示録──英中銀…
  • 10
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 8
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 9
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 10
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story