コラム

エジプトの人権侵害を問わない日本のメディア

2016年04月08日(金)15時42分

 ドイツでは、訪問前にカイロで単独インタビューをしたシュピーゲル誌が次々と厳しい質問をシーシ大統領に突き付けた。

「あなたはクーデターによって大統領職につきました。民主的に選ばれた大統領が、例えひどい大統領であっても力づくで倒されれば、私たちはそれをクーデターと呼びます」
「(クーデター後の2013年8月、)ラバア広場で少なくとも650人のムルシ支持者が治安部隊によって殺されたのは虐殺です。それは権力の乱用です」
「あなたの時代になって、抑圧はムバラクの時よりも一層ひどくなったと人権組織は言っています」
「あなたがムルシ大統領を排除した後、いまではシナイ半島に『イスラム国』系組織がいて、あなたの国の統一を脅かしていますよ。イスラム国とムスリム同胞団とはどちらが大きな脅威ですか」

 シュピーゲル誌に「クーデター」や「人権侵害」と言われて、シーシ大統領は「あなたは状況を明確にとらえておらず、だから、あなたの理解は正しくない。あなたは私たちの経験をあなた自身の文化と文明から判断している」と反論した。

 さらに、カイロのラバア広場で座り込みのデモを続けていたムルシ支持者を治安部隊が武力排除したことを「虐殺」と言われたことについて、シーシ大統領は「座り込みデモは45日間続き、首都の主要な道路の一つが完全に麻痺しました。私たちはデモ隊に繰り返し平和的に解散するように求めました。私たちがしたことは、あなたの国でも認められるでしょう」と切り返した。それに対して、シュピーゲル誌の記者は「ドイツの警察は実弾は撃ちません。催涙ガスや放水をするかもしれません。ドイツであのような虐殺があれば、内相は辞任しなければならないでしょう」と即座に応答した。

「圧制」はアラブ世界の古典でも批判されている

 余談になるが、シーシ大統領が人権抑圧の指摘に「西洋の文化と文明から判断している」と反論しているのを読んで、14世紀のアラブの歴史家イブン・ハルドゥーン(1332~1406)による政治哲学の古典『歴史序説』の一説を思い出した。「圧制は、権力を持った人々や政府によってのみ犯しうるものであり、したがってきわめて非難すべきものである。しかしながら、いかに非難を繰り返したところで、それは圧制を行いうる人々がみずからのうちに自制力を見出すであろうという願いを込めうるにすぎない」(岩波文庫、森本公誠訳)と記している。

 アラブ世界では人権抑圧が認められているかのような印象を持つか人がいるかしれないが、イスラム・アラブ世界にも、「圧制」を禁じる考え方はあるということである。人権には、激すれば殺し合いにまで発展しかねない政治闘争に人間社会としてのルールを与えるという意義がある。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る

ビジネス

ユーロ圏の消費者インフレ期待、総じて安定 ECB調

ビジネス

アングル:日銀利上げ、織り込み進めば株価影響は限定

ワールド

プーチン氏、来月4─5日にインド訪問へ モディ首相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story