コラム

強権の崩壊は大卒失業者の反乱で始まった【アラブの春5周年(上)】

2016年02月15日(月)15時48分

 私は昨年末に、朝日新聞で1994年から2014年まで20年間、中東特派員、中東専門記者として働いた経験を『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)として出版した。私が初めてエジプトのカイロに赴任した1994年はパレスチナ自治が始まった年であり、2014年はISが「カリフ国」の宣言をした年である。その間にパレスチナ和平の挫折や、9・11米同時多発テロがあり、イラク戦争を経て、「アラブの春」につながる。中東での経験を自著としてまとめたのは、ISの問題を含めて、いまの中東の混乱を理解するためには、その背景となっている中東で積み重なってきた様々な矛盾と経緯を知る必要があると考えたためである。

20代の若い社会と深刻な失業問題

「アラブの春」が起こった要因の中で、最も重要なのは若年人口の増加である。2011年のエジプトの人口中央値は24歳だった。人口の半分が24歳以下ということである。中東・北アフリカ地域の人口中央値は22歳である。世界ではサハラ砂漠以南の地域に次いで若い地域である。若年人口が多いということは、豊かな労働力があるというメリットにもなるが、アラブ世界では15歳から24歳までの若年層の失業率は23%と世界の平均よりも10ポイントほど高く、若者の失業が問題化していた。最初に若者たちのデモが起こったチュニジアの若者の失業率は42%だった。

 さらにアラブ世界で特徴的なのは、大卒など高等教育を受けた若者の失業率が軒並み50%を超えていることだ。背景にはアラブ世界での大学の一般化がある。例えば、エジプトのカイロ大学は25万人の学生を抱えるマンモス大学だ。70年代、80年代に大学が急激に一般化し、学生数が増えて、雇用で吸収しきれなくなった。

「アラブの春」は若者の反乱であったが、デモを主導したのは大学生だった。就職し、住宅を取得して、結婚するという人生の一大事を前にする大学生が、失業という最も厳しい試練にさらされていたことになる。

かつて日本も通った道

 ムバラクの辞任を求めて連日タハリール広場に集まっていた若者たちのかなりの割合が、大学生だった。学生たちはツイッターやフェイスブックが使える携帯電話を持ち、あちらこちらで携帯電話のカメラで、写真や動画を発信し、まさに「若者たちの解放区」が生まれていた。

【参考記事】世界報道写真コンテスト 大賞は「アラブの春」から

 アラブ世界は父親や祖父の権威や発言権が圧倒的に強い伝統社会である。若者は「シャバーブ」と呼ばれるが、20代、30代だけでなく、40代、50代になってもそう呼ばれ、家族でも社会でも年長者が決定権を持っている。

 このような伝統的な社会構造にあって、自由もなく、就職も困難となれば、携帯やインターネットという革命的な情報ツールを手にした若者たちが社会に不満を持つのは、自然なことにも思える。「若者の反乱」といえば、私は1968年5月に大学制度の改革を求めるパリ大学の学生のデモから警官隊との衝突など混乱が広がった5月革命を思い浮かべる。日本もちょうど学園紛争、大学紛争が広がった時期だ。60年代後半の日本の年齢中央値は27歳から28歳だった。「アラブの春」の社会状況は、かつて日本が通った道でもある。

「アラブの春」についても、さらにその後の中東の混乱を見る場合も、若者人口の増加によって、アラブ世界が「若者の反乱」の時代を迎えているという認識が必要だろう。私は「イスラム国」もまた若者たちの反乱の続きだと考えている。若者問題への対応を抜きにして、混乱の収拾はありえないと考えている。

※【アラブの春5周年(中)】若者の未熟さと「イスラム復興」の契機

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『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』
 川上泰徳 著
 合同出版

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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