コラム

韓国は「移民国家」に向かうのか?

2024年05月22日(水)19時22分

背景にある韓国独特の不動産事情

日本でも賃貸住宅への入居にあたり、外国人が差別されることは多い。外国人でなくても、高齢者や収入が不安定なフリーランサーなども苦労する。私も日本で部屋を借りるのは大変だった。

一方、韓国では意外なことに、個人が借りる場合は外国人だから、フリーランサーだからと差別されることはほとんどない。その代わりにまとまった額の保証金が必要となる。保証人よりも保証金。韓国社会は常に直球型である。

この保証金は最低でも家賃の10カ月分ほど。つまり6万円のワンルームなら60万円、20万円の2LDKなら200万円である。そのうえで月々の家賃を払わなければいけない。保証金はデポジットだから、退去する際に全額返金されることになっている。ただし最初にまとまったお金のない移住労働者には厳しいルールだ。
したがって移住労働者の多くは、ひとまずは雇用主が準備した宿舎に居住することになる。そのため地域社会とはどうしても壁ができてしまう。

日本のほうがまだマシだという理由

「外国人にとっては、日本のほうがマシだと思います。一般の人々が外国人と暮らすことに慣れている」

日本で4年ほど暮らした元韓国人留学生は、日本のほうが「外国人を受け入れる準備ができている」と言っていた。彼は私が編集する雑誌に、それについて書いたものを寄稿してくれた。

「東京で暮らしながら私が驚いたことの一つは、その地域に住む日本の子たちと同じ制服を着た、肌の色の違う子をかなりの頻度で目撃したことだ」(クォン・ジェミン「東京の魅力と、それでも出ていこうと思った理由」、『中くらいの友だち』12号

私自身も日韓を行き来しながら、その違いは感じる。市民社会における「外国人の存在感」は日本のほうが格段に高い。日本を代表するアスリートもいれば、メディアで発言する外国人も多い。その中には日本に対する辛口意見を言う人もいるが、それも自分が暮らすコミュニティを良くするための苦言だというのがわかる(それに向かって「帰れ」とか「ゴキブリ」とかひどいヘイトスピーチをする日本人もいるのが、本当に残念だ)。

外国人比率でいえば韓国のほうが圧倒的に高い。2024年3月時点で在韓国外国人は約260万人であり、これは人口の5%を超える。一方、日本は2023年末で約340万人。日本は韓国の倍以上の人口をもつ国であるから、その差は歴然としている。

「労働力」から、コミュニティの一員へ

韓国のほうがすでに外国人比率は高いのに、存在感がない。おそらくその最大の理由は、韓国には永住資格をもつ外国人がとても少ないからだと思う。日本の場合は23年末基準で永住者約90万人、これに特別永住者(戦前に日本国籍を保有していた朝鮮半島や台湾出身者とその子孫)約28万人をあわせて約120万人。さらに日本国籍を取得した元外国人が60万人余りいる。

ところが韓国の場合は永住資格をもつ外国人は約18万人(2024年3月)に過ぎず、約260万人の外国人のほとんどが期限付きの在留資格しかもっていない。また「不法滞留者」(未登録外国人)は40万人を超えており、彼らの多くは発言権をもたずにいる。新型コロナのパンデミック下で、日本では外国人にも等しく配られた給付金が、韓国では国民だけに限られるなどの差別があったが、その原因はやはりコミュニティの一員として暮らす外国人が少なかったせいもあると思う。政府も自治体も簡単に無視してしまうのだ。

韓国が移民国家になるというのならば、そこで必要なのはまずは、外国人をとりあえずの「労働力」として考えるのではなく、コミュニティの一員として考えること。そのためにはさらなる法と制度の改正と同時に、人びとの意識を変えることが大切になってくる。韓国政府はすでに永住資格への道を開くための準備をしているが、国民の中にはシンガポールやドバイのような「労働力」にふりきった形でいいという意見もある。

同じ悩みをもつ日本はどうするのだろう? もはや賃金で韓国に追いつかないなら、せめて人権感覚ではリードしてほしいと思う。そこは「日本のほうがやはり先進国だ」と韓国の人も認めるところなのだから。

プロフィール

伊東順子

ライター・翻訳業。愛知県出まれ。1990年に渡韓、ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。新型コロナパンデミック後の現在は、東京を拠点に日韓を往来している。「韓国 現地からの報告」(ちくま新書)、「韓国カルチャー 隣人の素顔と現在」(集英社新書)、訳書に「搾取都市ソウル‐韓国最底辺住宅街の人びと」(筑摩書房)など。最新刊は「続・韓国カルチャー 描かれた『歴史』と社会の変化」(集英社新書)。

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