コラム

ケント・ギルバート新著『プロパガンダの見破り方』はそれ自体が「陰謀論」

2020年04月09日(木)17時20分

Satoko Kogure-Newsweek Japan

<左派・リベラル批判に終始するお決まりのパターンだが、内輪の論理を振りかざし、安直なストーリーで世界を理解しようとするのは右派だけに限らない>

今回のダメ本

propaganda_book.jpgプロパガンダの見破り方
 ケント・ギルバート 著
 清談社Publico

ついに来た。ここ数年の右派論壇のトレンドは、リベラル派の言いそうな言葉の換骨奪胎にある。この本にある「プロパガンダ」もしかり。ケント・ギルバートという右派のポップアイコンを目立つよう帯に載せ、NHKや朝日新聞というメディアは単なるプロパガンダ機関であり、彼らの情報はしっかりチェックしようと呼び掛ける。表面的に読めば、メディアリテラシーを高めようという主張とも親和性は高い。

では、どのようなものがプロパガンダだと著者であるギルバートは考えているのか。問うべきはその論理と、立ち位置である。

冒頭で紹介されるのは、右派本ではおなじみの、しかし歴史学的には全く実証されていない「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」論だ。占領期、日本は連合国軍総司令部(GHQ)の「プロパガンダ」によって、アメリカなどへの批判は許されず、戦前の日本は悪だと刷り込まれ、平和憲法を守れば平和がやって来ると信じるようになったというものだ。

私から見ればこうした主張自体が「お決まりのパターン」に陥り、かつ歴史の「ねじ曲げ」なのだが、彼らはいっこうに検証しようとしない。

在野の歴史研究者、辻田真佐憲のインタビューによれば「『プロパガンダ』は基本的に政府や政党など公的機関が行う組織的な政治的宣伝を指す言葉」(毎日新聞ウェブ版2019年10月24日付)だが、この本で批判的に言及されるのは「自虐史観の歴史教育」や「安保法制反対デモ」で、検証の矛先は安倍晋三政権には向かわない。なぜか政権を批判する側ばかりを取り上げる。これは本当の意味での「プロパガンダ」を批判的に検証する本ではなく、左派、リベラルを批判するための本だ。

仲間内でしか通用しない論理を振りかざし、検証しているうちに、知ってか知らずか彼らの主張は陰謀論のそれへと接近する。日経サイエンス2014年2月号に掲載された「陰謀論をなぜ信じるか」で紹介されている、いくつかの研究を簡単にまとめれば、陰謀論の基本は「根本的な帰属の誤り」と呼ばれる認知バイアスにある。これは「他者の行動の背景に意図を過大に感じ取る習性」であり、働きだすと、人は複雑な政治問題や、多くの人が関与するような問題であっても、単純な説明で世界を理解しようとする。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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