コラム

同性愛者の権利を頑なに認めない背後には、欧米の「リベラルな価値観」の拡大

2022年07月12日(火)14時37分
デモ

ベイルートで性的少数者の権利拡大を訴えるデモが起きたが…… AP/AFLO

<近年、アラブ諸国では近代化が進んでいる。しかし、それでもイスラム教の教義に反するとして、同性愛は今も違法行為。自分たちが唱える「多様性」もまたイデオロギーであり、それを受け入れない人々がいることにも留意が必要>

「アラブ議会はアラブ諸国にある米大使館に対し、アラブ社会の特性と文化を尊重し、その宗教的価値観と社会的および文化的基準を侵さないよう呼び掛ける」

アラブ21カ国と1つの機構から成るアラブ連盟の立法府であるアラブ議会が6月4日、このような一文で始まる声明を出した。

声明はいくつかのアラブ諸国にある米大使館が「いわゆる同性愛者たちの旗」を掲揚したり、それを支持するリーフレットを発行したりしたことに抗議し、表現の自由は当該国の社会的、宗教的価値観を侵害する方便として利用されるべきではないと苦言を呈した。

ブリンケン米国務長官はその数日前、世界各地でLGBTQI+(性的少数者)の権利を啓発する活動が行われるプライド月間(6月)に際し、「アメリカは世界中のLGBTQI+の人々の勇気と回復力をたたえる。LGBTQI+の人権を尊重することは、強く健全な民主主義を築き、維持する鍵であり、民主主義は、それが包摂的であるときに最も強くなる」というツイートをしていた。

アラブ諸国の同性愛嫌悪はイスラム教の教義に起因する。イスラム教の啓典『コーラン』は数度にわたり同性愛行為を厳しくとがめており、大半のイスラム諸国は同性愛行為を違法とする。

昨今の同性愛嫌悪言説の背景にあるのは、欧米の推進するリベラルな価値観に含まれるLGBTQI+の権利擁護だ。

昨年12月、イスラム学の世界的権威の1つであるエジプトのアズハル機構総長アフマド・タイイブ師は、西洋が「権利と自由の促進」を口実に同性愛やトランスジェンダーなどの合法化を東洋に強いていることを「東洋社会に対する西洋文化の侵略」にして「東洋の権利の侵害」だと批判した。

カタールを拠点とする国際ムスリム・ウラマー連合も同月、「世界中の全ての人間に同性愛を受け入れ、歓迎し、基本的人権と見なすよう強制することを目的とした欧米のキャンペーンや圧力」を批判し、同性愛行為はイスラム法学者の総意により禁じられているという声明を出した。

カタールでは今年11月、サッカーのワールドカップ(W杯)が開幕する。同性愛者であることを告白しているオーストラリアのアデレード・ユナイテッドのMFジョシュ・カバッロは昨年、カタールでは同性愛者が死刑になるという記事を読んだのでとても怖い、カタールに行きたいとは思わないと述べた。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story