コラム

トルコも中国も「独裁をやめろ」、NBA選手カンター・フリーダムの戦い

2021年12月15日(水)17時05分
エネス・カンター・フリーダム

米国籍を取得したエネス・カンター・フリーダム DAN HAMILTONーUSA TODAY SPORTSーREUTERS

<トルコ出身ながらエルドアンを厳しく非難。米国籍を取得して「フリーダム」に改名したエネス・カンターの戦いは続く>

「私はアメリカ人になることを誇りに思う。世界で最も偉大な国。自由の国であり、勇者の故郷だ」

NBAのボストン・セルティックスに属するスター選手エネス・カンターは11月29日、このようにツイートし、米国籍を取得するための宣誓式に臨む動画を公開した。

彼はアメリカ市民となるに際し、自らの名前をエネス・カンター・フリーダム(自由)と改めた。自由は人間が持つことのできる最も偉大なものだ、「自由」を自分の一部として持ち歩き生涯をそのための戦いにささげたい、と語っている。

研究者だった父の留学先のスイスで生まれ、トルコで育ったトルコ人のエネスは2009年に10代で渡米。以来、トルコで独裁的権力を振るい、反対勢力を弾圧するエルドアン大統領を批判してきた。

16年にトルコでクーデター未遂が発生すると、エルドアンはその黒幕を在米のイスラム教指導者ギュレン師だと断定。ソイル内相は21年2月、クーデター失敗以降、ギュレン派との関連性を疑われた62万人以上が捜査対象となり、30万人以上が拘束され、2万5000人が今も投獄されていると発表した。トルコ当局は米当局に対しギュレンの引き渡しを何度も要求しているが、アメリカ側は拒否している。

インドネシアで強制連行寸前に

このギュレンを支持するエネスにも、エルドアンの魔の手は迫った。

19年1月のワシントン・ポスト紙への寄稿でエネスは、17年5月にインドネシアで拘束されそうになって慌てて国外脱出した体験や、トルコ当局が彼のパスポートを失効させた事実について語り、「エルドアンは私をトルコに連れ戻して消したいのだ」と訴えた。トルコ検察当局は今年10月までに計10回、彼の国際逮捕状を発行した。エネスの感じた危険は杞憂ではなかったのだ。

国際NGOフリーダム・ハウスは今年、対象国を説得して正当な手続きを経ずに、あるいはわずかに合法性を装って自国民を引き渡すよう説得する「レンディション(rendition)」による強制連行がトルコは世界で最も多いと報告。ギュレン派に対する抑圧を「世界的な粛清」だと非難した。

エネスはエルドアンを「今世紀のヒトラー」と呼んではばからない。彼がこれを「非常に強い表現」だと理解しつつ使うのは、トルコには自由も民主主義もなく、罪のない何万人もの人々が殺されたり拷問されたりしているからだという。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story