コラム

アメリカが直面する内戦の危機と中絶問題──武装化したQAnonやプラウドボーイズ

2022年08月19日(金)16時50分

こうした反主流派のカルトグループの活動と、中絶反対運動の関わりは今回は初めてではなかった。2021年1月6日に起きた議会議事堂襲撃事件にも反中絶グループは参加していた。反中絶グループ「Operation Save America」(以前、アメリカ最大の反中絶グループだったOperation Rescueの現在の名称)は、自身のウェブサイトに襲撃に参加した記事「OSA REPORT FROM WASHINGTON DC」を掲載している。

こうしたグループは、政府が白人を非白人に置き換えようとしている陰謀論「グレート・リプレースメント(great replacement)」を信じており、白人の減少を食い止めるために中絶に反対し、移民にも反対している。白人至上主義者に通じる部分が多い。

こうしたグループの中絶に関わる活動は2022年5月初旬から活発になり、6月に入るとさらに拡大した。インターネット上には、偽情報、それにともなう恐怖の拡散、暴力行為の誘発、不正確な誤った健康情報などが広がった。QAnon、プラウドボーイズ、Janeʼs Revengeなどのグループが影響力を拡大する好機ととらえて積極的にこうした情報の拡散に関与していることがわかっている。

国土安全保障省は6月24日に中絶に関係した人々や施設が暴力の危険にさらされているというメモを公開し、Janeʼs Revengeを名指しし、国内の過激派の活動が活発になっているとした。このメモは、CNN、AXIOS、Washington Postなどが次々とニュースに取り上げた。

FBIは上院司法委員会において、中絶関連施設や関係者をターゲットとした放火や破壊行為、ストーキングなどの犯罪が急増していることを報告し、多数の捜査を開始している。

中絶の権利を守る運動を行っているNational Abortion Federation (NAF)のMelissa Fowlerは、近年見られる暴力的な脅迫や攻撃の増加は、ヘイトスピーチや政治的暴力の高まりと関連していると指摘する。2017年のシャーロットビルでの白人⺠族主義者の集会や、2021年1月6日の議事堂襲撃事件に関わったグループの多くが、今、中絶問題をターゲットにしているのだ。

ここまで読んで、「そんなおおごとになっているのか?」と思った方も少なくないだろう。残念ながらアメリカ各地で放火や暴力事件が発生し、中絶擁護のデモにアサルトライフルで武装した集団が現れ、国土安全保障省が注意を呼びかけ、FBIが乗り出しているのは事実である。それだけ事態が深刻であり、その事態を引き起こしているグループの力が増大しているのだ。

QAnonやプラウドボーイズなどがアメリカ社会に広がっている状況については、以前の記事でも紹介した。共和党の4人に1人がQAnon信者という調査結果もあり、多数の死傷者と逮捕者を出した2021年1月6日の議事堂襲撃事件を共和党が大会で「合法な活動」と決議したことからもわかるように、陰謀論、極右などのグループはアメリカ社会に浸透している。そして、SNSプラットフォームを利用し、アドネットワークなどから多額の収入を得て、それをリクルーティングや武装化の資金にしている。反中絶グループもまた潤沢な資金を背景にした巨大な組織なのである。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 6
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story