コラム

アメリカが直面する内戦の危機と中絶問題──武装化したQAnonやプラウドボーイズ

2022年08月19日(金)16時50分

巨大組織としての反中絶グループ

アメリカ各地に約2,500の妊娠センター(Pregnancy Centers)が存在する。Crisis Pregnancy Centers(CPC)と呼ばれる施設で、Care NetやHeartbeat Internationalなどの反中絶団体と提携しており、その目的は中絶の抑止である。名称から誤解して妊娠に関する相談に訪れる人が後を絶たない。それを狙い、中絶を断念させるよう誘導したり、相談を長引かせて法的に中絶が禁止されている期間まで時間を稼いでいる。

妊娠センターのマップを作成しているCPC Mapのサイトを見ると、アメリカ全土に広がっていることがよくわかる。

妊娠センターが州政府から莫大な資金援助を受けていることもわかっている。2010年以降、少なくとも13の州で、妊娠センターにおよそ約650億円(4億9500万ドル)が提供された。最大はテキサス州の約260億円(2億407万ドル)で飛び抜けて多い。今年度は約12州で約116億円(約8900万ドル)が妊娠センターに割り当てられていたことが明らかになった。

さらに妊娠センターでは、対面や電話、チャットで相談に訪れた毎年数百万人の女性から住所、氏名、性生活歴、妊娠歴、検査結果などを含んだ個人情報を収集している。これらの情報は今後、告訴に使われる可能性が指摘されている。実は妊娠中絶を行った人物を告訴し、勝訴した場合は約130万円の報奨金と弁護士費用を受け取れる法律がテキサス州では成立しており、他のいくつかの州でも追随する動きが見られるのだ。告訴は誰でもできる。妊婦を乗せたタクシー運転者でも、テキサスから遠く離れたニューヨークでSNSの書き込みを見た誰かでもよいのだ。もちろん、妊娠センターでもできる。

誤解を招く名称で望まない妊娠に悩んでいる人々を集めて中絶を止め、止められなかった場合は、告訴して報奨金を受けとるかもしれない。こうした施設が国内各地で州から補助金を得て堂々と運営されている状況はかなり異常だ。

さまざまな団体が抗議を行い、アメリカ中間選挙でも争点のひとつになっている。議員によって温度差はあるが、共和党は反中絶、民主党は中絶擁護が多い。多くの国民が中絶擁護を支持しており、共和党支持者であっても民主党に投票するケースは珍しくない。今回の選挙では共和党が伸びると予想する識者が多かったが、中絶への対応がマイナス要因になっている。

分断と武装化で火薬庫となったアメリカ

アメリカ社会の分断は深刻だ。貧富の差、人種差別、SNS、そして選挙のたびに各候補者が繰り広げるネット世論操作がそれを加速している。以前の記事で紹介した通りだ。

多くの国がそうであるように、アメリカにも人種問題、経済、中絶といった課題が多数ある。他の国と異なるのは潤沢な資金と武器を持った多数の過激なグループが存在する点だ。中絶問題は氷山の一角に過ぎない。過激なグループは次々と新しい問題をテーマに暴力的な活動を広げてゆく。同様の傾向は他の国にもあり、アメリカで火がつけば飛び火する可能性がある。日本でも似たような事態に陥っているので他人事ではない。

アメリカ政府は陰謀論や極右を信奉する一部の国民への影響力を失っている。政府の声はもちろん、民主主義的価値感が影響力を持たない情報空間ができている。物理的には同じ土地に暮らしながら、異なる文化圏の異なる価値感に基づく人々が独自の勢力圏を構成している。権威主義国ならばこうした勢力圏を強引に破壊できるが、民主主義を標榜する国では難しい。民主主義を標榜する国にとっては国内の分断された情報空間の扱いが大きな課題になっている。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ニデック、永守名誉会長が辞任 「名実ともに完全に身

ビジネス

豪ブルースコープ、150億豪ドルの買収提案拒否 協

ビジネス

利上げペースはデータや金融環境次第、海外情勢にも目

ビジネス

日経平均は3日続伸、一時5万9000円台 買い一巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 2
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 3
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 4
    最高裁はなぜ「今回は」止めた?...トランプ関税を違…
  • 5
    3頭のクマがスキー客を猛追...ゲレンデで撮影された…
  • 6
    【クイズ】サメによる襲撃事件が最も多い国はどこ?
  • 7
    2月末に西の空で起こる珍しい天体現象とは? 「チャ…
  • 8
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 9
    住宅の4~5割が空き家になる地域も......今後30年で…
  • 10
    「IKEAも動いた...」ネグレクトされた子猿パンチと「…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 3
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 4
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 5
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの…
  • 8
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 9
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 10
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story