コラム

日本で「ツタンカーメンのエンドウ」が広まった理由、調べました

2019年05月22日(水)19時20分

英国では、この話は「ミイラのエンドウ」として知られ、19世紀後半にはエンドウの種子とともにヨーロッパ各地に広がっていった。また、まったく同じ経緯で発芽した「ミイラのコムギ」という話もあって、ともに世界のあちこちで売買され、栽培もされたらしい。

もちろん、学術的な研究ではまったく信用ならないとされている。話を広めたのがエジプト学の専門家ではなく、商売っ気たっぷりの園芸家であったことが一層話を怪しくしている(ちなみにグリムストーンはのち破産したそうな)。

関わっていたのは当時の園芸関係者だったらしい

ミイラのエンドウの話は20世紀初頭にはあまり話題にならなくなっており、突然、1930年代になって、今度は少し様相を変え、「ツタンカーメンのエンドウ」として再登場する。ハワード・カーターによるツタンカーメンの墓の発見が1922年なので、いまだ多くの人びとがツタンカーメンのことを記憶しているはずだ。

ちなみに、筆者が調べたかぎり、前述のグリムストーンの場合と同様、このときツタンカーメンのエンドウに関わっていたのも、もっぱら園芸関係者であった。したがって、園芸業者が種子を売るのに、既存のミイラのエンドウの話を、カーターとツタンカーメンの逸話を結びつけることで、より魅力的に、いかにもそれらしくアレンジした可能性が高いのではないだろうか。

ただ、1930年代はまだカーターが存命だったので、カーターがツタンカーメンの墓から発見した種子を誰かにあげたという筋立てはさすがに出てこない。

しかし、1939年にカーターが死んだのちには、たとえば、米国の場合、カーターからメトロポリタン美術館館長だったロバート・デフォレストが直接種子を譲り受け、デフォレストはさらに友人にその種をプレゼントし、それが発芽したといった話が突如湧いてでる。

また、デンマーク人の教授が、カーターが墓を発見したときに見つかったエンドウをスウェーデンにもっていったら、そこで発芽したというバージョンもある。もし、本当にツタンカーメンの墓から出土したエンドウの種子が発芽したのであれば、学術的にももう少し大騒ぎになっていいはずだが、そうした報道や学術的な著作は見つけられなかった。

日本に入ってきたのは1956年、読売新聞そして朝日新聞が...

英国や米国では、日本ほど熱狂的にツタンカーメンのエンドウを栽培している人は少ないようだが、両国版のAmazonでも、「ツタンカーメンのエンドウ」はちゃんと購入できる。しかし、さすがに、ツタンカーメンの墓から発見された云々を全面的に押し出しているものはなかった。

ではなぜ日本でツタンカーメンのエンドウがこんなに普及したのだろうか。ツタンカーメンのエンドウが日本に入ってきた年ははっきりしている。1957年5月21日付の読売新聞で、「世界友の会」という組織に属していた水戸の高校生が米国にサクラとイチョウの種を贈ったお礼に、米国のイレーヌ・ファンスワース夫人からエンドウの種子20粒をもらって、それが発芽したという記事があった。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マクロスコープ:円安巡り高市政権内で温度差も、積極

ビジネス

ハンガリー債投資判断下げ、財政赤字拡大見通しで=J

ビジネス

ブラジルのコーヒー豆輸出、10月は前年比20.4%

ビジネス

リーガルテック投資に新たな波、AIブームで資金調達
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story