コラム

日本で「ツタンカーメンのエンドウ」が広まった理由、調べました

2019年05月22日(水)19時20分

NHKラジオではお茶を濁した、その後、1838年に遡る情報を見つけた

インタビューまで数日あったので、とりあえず、手元にある資料を調べてみた。ツタンカーメンの墓を発掘したハワード・カーター自身の発掘記はもちろん、関係する書物をいくつかあたってみたが、カーターがツタンカーメンの墓からエンドウを見つけて、それが発芽したという「学術的な」記述にはついぞお目にかかれなかった。

結局、ツタンカーメンの墓から発見されたエンドウに関して、科学的な根拠のある資料は見つからなかった。もちろん、関連資料を全部漁ったわけではないし、筆者自身、エジプトに住んでいたといっても、古代エジプトの専門家ではない。しかし、かなりの確率でツタンカーメンのエンドウなるものはインチキ、つまりツタンカーメンの墓から発見されたものではない、と断言できる。

そもそも3000年も昔の種子が発芽するというのも科学的にはほとんどありえないらしい(日本では2000年前の種子から古代ハスが発芽したことが知られているが、これにもいろいろ疑問がある由)。NHKのラジオでは結局、ディレクターとも相談して、多くの日本の古代エジプト・ファンを悲しませないよう、ツタンカーメンのエンドウはでっち上げだとかいわず、エジプトではほとんど知られていませんというあたりでお茶を濁すことにした。

ただ、この話、その後もずっと気になっていて、機会をみつけては、調べをつづけてきた。そして、Amazonで購入した(!)ツタンカーメンのエンドウの種が実をつけてくれたのを機会に、原稿にまとめてみようと思いついたしだいである。

その間、いくつか追加情報も見つかった。まず、エジプトではツタンカーメン以前からエンドウが栽培されていたらしい。食べ物としてのみならず、薬品としても用いられていたようだ。だから、ツタンカーメンの墓にエンドウがあってもふしぎではない。実際、ヒヨコマメ等とともにエンドウがあったと述べている本もある由。

また、もっと興味深い話もあった。1838年、英国エジプト学の父と呼ばれるジョン・ウィルキンソンがエジプト旅行中にミイラの穴で封印された壷を発見、それを大英博物館に寄贈した。ところが、有名なミイラ研究家で、外科医でもあるトーマス・ペティグルーがそれを開けようとして誤って壊してしまったのだ。そして、そのなかにシワシワの黄色いエンドウがいくつか見つかったというのである。

ペティグルーはそのうちの何粒かを蒔いて発芽させようとしたが、結果は失敗。だが、何年後かに彼は残った粒を、ハーブ園の経営者であるウィリアム・グリムストーンなる人物に譲ったところ、そのグリムストーンは、発芽に成功し、「グリムストーンのエジプト・エンドウ」として売り出したという話である。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRBはAI導入に伴う構造的な失業率上昇を相殺でき

ワールド

中国軍の汚職粛清、指揮系統・即応態勢に打撃=英国際

ワールド

トランプ氏「加齢で不安定化」、米世論調査で6割 共

ワールド

ウクライナ紛争、西側の介入で広範な対立に=ロシア大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 5
    ペットとの「別れの時」をどう見極めるべきか...獣医…
  • 6
    揺れるシベリア...戦費の穴埋めは国民に? ロシア中…
  • 7
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 8
    IMF、日本政府に消費減税を避けるよう要請...「財政…
  • 9
    武士はロマンで戦ったわけではない...命を懸けた「損…
  • 10
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 5
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 9
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 10
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story