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アングル:ウクライナが米国製長射程兵器使用へ、対ロ戦局転換には手遅れか

2024年11月19日(火)15時23分

 11月18日、バイデン米政権は、ウクライナに対して米国製長射程兵器によるロシア領への攻撃を容認することを決めた。複数の専門家は戦局を転換するには時期が遅過ぎたとの見方を示す。写真はロシア軍のミサイル攻撃で破壊されたウクライナ東部スムイの住宅。18日撮影(2024年 ロイター)

Tom Balmforth Max Hunder Lili Bayer

[キーウ 18日 ロイター] - バイデン米政権は、ウクライナに対して米国製長射程兵器によるロシア領への攻撃を容認することを決めた。ウクライナが和平交渉を有利にする目的でロシア西部クルスク州に確保した地域を守るという面では有効な手段になり得るものの、複数の専門家は戦局を転換するには時期が遅過ぎたとの見方を示す。

ロイターは17日、退任まで2カ月となったバイデン大統領が、米国が供与した兵器でウクライナがロシア領の深くまで攻撃することに関する制限措置の一部を解除し、従来の方針を大きく方針転換したと伝えた。

長射程兵器の使用制限緩和に関して軍事専門家は、数カ月にわたってウクライナが押され気味になっている戦闘にどのような影響を及ぼすかは、米国がどのような制限を残すかに左右されると指摘。ただ、ウクライナのクルスク占領地の防衛力強化につながるとしても、戦争の流れを一変させる要素になる公算は乏しいとみている。

カーネギー国際平和財団のマイケル・コフマン上級研究員は「今回の(米国の)決定は、他の幾つかの決定と同じように遅きに失した。戦争の方向を大きく変えるには手遅れかもしれない」と言及。「長射程兵器による攻撃は常に問題解決策の一つとされていたものの、この戦争を通じてずっと過大な期待がかけられている」と分析した。

さらに、長射程兵器の使用がいつまで認められるのかは不透明だ。トランプ次期大統領の有力外交顧問の1人であるリチャード・グレネル氏は、長射程兵器使用容認政策を批判している。トランプ氏自身もかねてから米国のウクライナに対する大規模支援に否定的で、具体的を明示しないまま戦争を早期に終わらせると約束している。

ウクライナはロシア領内、特にウクライナへの空爆に関わる航空基地に対する攻撃能力が乏しいことが足かせになっているとの理由で米国製長射程兵器の使用許可を何カ月にもわたって訴えていた。

ロシア軍は1年余りにわたって攻勢を続けており、ウクライナ東部では2022年の侵攻以来最も急速な前進を見せている。さらにウクライナ北東部と南東部でも重圧を加えつつある。

ロシア側は、ウクライナには独力でロシア領内の標的にミサイルを撃ち込む能力はなく、北大西洋条約機構(NATO)諸国の直接的な支援が必要であり、その場合には戦争の段階が大幅に上がると主張している。18日にはロシア大統領府が、実際に米長射程兵器の使用が決定された場合、それは米国が戦争に直接関与するという意味だとけん制した。

ロイターによると、ウクライナによる最初の長射程兵器攻撃は数日中に実施され、射程距離約300キロの地対地ミサイル「ATACMS」が使用される見込みだ。

中欧のある防衛当局者はロイターに対し、こうした攻撃でウクライナは空爆に対する守備を強固にできるが、戦争全体をウクライナ側が決定的に有利な形にすることはないとの考えを明らかにした。さらに、ロシアは既に多くの空軍装備などをウクライナにある西側兵器の射程圏外に移動させたと付け加えた。

リトアニアのランズベルギス外相も、ウクライナが入手する長射程兵器の数や戦闘への十分な効果があるかどうかがまだ分からない以上は「堂々と祝杯は挙げられない」と語った。

バイデン政権はウクライナへの軍事支援拡大について、戦争激化の懸念と天秤にかけた上で判断を下そうとしてきた。このため、これまでもミサイルや戦車、軍用機などの供与を承認するまで二転三転を経て決定に至るのが通例だった。

数人の専門家は、そうした遅れがロシアに当初の失敗から立ち直り、占領地の防衛線を再構築する時間を与えた結果、昨年のウクライナによる大規模反転攻勢のとん挫につながったと解説する。

<クルスク突出部保持には効果>

ウクライナは今年8月の越境攻撃で得たクルスクの突出部を確保しており、トランプ氏の大統領就任後に和平協議が始まった場合には交渉力を高める切り札に使おうとしている。長射程兵器でロシア領を攻撃できれば、こうした取り組みに最も直接的な効果が見込まれる。

クルスク奪還に向けてロシアは兵士5万人を振り向けただけでなく、北朝鮮兵1万1000人を配置してその一部を戦闘に参加させているとされる。

カーネギー国際平和財団のコフマン氏は「ATACMSはロシアや北朝鮮の価値の高い標的を危険にさらすことが可能で、ウクライナが重圧を受けているクルスクの突出部を守るのに役立つ」と述べた。

米東部フィラデルフィアに拠点を置くシンクタンク、外交政策研究所のロブ・リー上級研究員は、ウクライナがクルスク突出部を長期間保持するのは難しいとしつつも「クルスクには最精鋭部隊の一部を投入しているので、十分な武器弾薬と交代要員を受け取り続けられれば、しばらくは踏ん張れるのではないか」と見込む。

一方、キーウの軍事アナリスト、セルヒー・クザン氏はウクライナが優先的な攻撃を目指す標的はロシア国境から最長500キロ入った場所にあり、多くはATACMSでも届かないと説明した。

フランスと英国は今のところ、射程250キロの巡航ミサイル「ストームシャドー」と同型「スカルプ」のウクライナによる使用を米国に続いて認める姿勢は示していない。

外交政策研究所のリー氏は、ロシアにはATACMSやストームシャドーを撃墜する能力があるため、ウクライナがどれだけの規模で発射するかも効果をみる上で重要な判定要素になると指摘する。

キーウの市民からは、今回の米国の決定を歓迎しつつも遅すぎたとの声が聞かれた。オルガ・コロフヤチュクさん(21)は、「本来は(戦争の)予防措置、ないしは22年2月か3月の時点での鋭い反撃として用いるべきだった。今では大きな役割は果たさない」と話した。

ロイター
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