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アングル:広がるフーシ派の攻撃対象商船、海運業界は警戒強める

2024年10月04日(金)11時52分

 イエメンの親イラン武装組織フーシ派は昨年11月から、パレスチナ人への連帯を示すとの理由から、紅海で商船攻撃を実施している。写真は紅海上で炎と煙を上げる、ギリシャ船籍の石油タンカー。8月29日にフーシ派当局が公開(2024年 ロイター)

Renee Maltezou Jonathan Saul

[アテネ/ロンドン 3日 ロイター] - あるギリシャの海運会社幹部は今年5月末、業務用と個人用の受信トレイに、見慣れない電子メールが届いているのに気付いた。その内容は、紅海を航行中の同社に属する船舶1隻が、イエメンの親イラン武装組織フーシ派から攻撃されるリスクがあるという警告だった。

英語のメッセージをロイターが確認したところでは「この船はイスラエルの港に接岸したため、フーシ派が定めた(特定海域の航行)禁止命令に違反している。彼らが適切と見なすどの地域でも、攻撃の『直接的な標的』になる」と記されていた。

「貴社は、船舶が禁止命令違反リストに入った責任を負わなければならない」ともあり、フーシ派が海運会社との連絡用として2月に設立した「人道作戦協力センター(HOCC)」の署名があった。

フーシ派はメールを通じてこの海運会社に対し、禁止命令に違反してイスラエルの港湾に入港し続けるなら、同社の全船舶に「制裁」が加えられると威嚇した。

業界筋や事情に詳しい関係者に取材した結果、5月以降で少なくともギリシャの海運6社にこのような脅迫メールが十数件余り送られたことが分かっている。

昨年11月からフーシ派は、パレスチナ自治区ガザでイスラエルから圧力を受け続けているパレスチナ人への連帯を示すとの理由から、紅海で商船攻撃を実施。ミサイルや無人機(ドローン)、自爆ボートなどの標的になっているのはイスラエルや米国、英国の企業・団体と関係がある商船で、これまでに2隻が沈められ、1隻が拿捕(だほ)。少なくとも船員4人が殺害された。

ただ一連の脅迫メールからは、フーシ派の攻撃対象がイスラエルと無関係、もしくはほとんど関係がないギリシャ商船にまで広がってきた様子がうかがえる。

さらに、フーシ派による禁止例違反の船が属する海運会社の全船舶が標的になる可能性が出てきたことで、これらの商船が今後も紅海を航行しようとする場合のリスクは増大する一方となる。

紅海の入り口に位置するイエメンは何年も内戦状態にあり、2014年にはフーシ派が首都サヌアを掌握して、国際的に承認された政府を追放した。今年1月には米政府がフーシ派をテロ団体の指定リストに戻している。

ロイズ・リスト・インテリジェンスのデータによると、船籍数が世界最大のギリシャ商船は、9月初め時点までにフーシ派から攻撃された船の30%近くを占める。イスラエルと関係があったかどうかは不明だ。

こうした攻撃を背景に、多くの商船はずっと長い時間をかけてアフリカ大陸南端の喜望峰経由で物資を運んでいる。

地中海から紅海に抜けるスエズ運河の通行件数は、昨年11月以前は月間約2000件だったが、今年8月は800件程度に落ち込んだことが、ロイズ・リスト・インテリジェンスのデータで確認できる。

<新たな局面>

欧州連合(EU)で紅海の海洋安全保障に従事する海軍部隊アスピデスはこれまで、200隻余りの安全な航行を支援してきたが、9月初めに行った海運各社との非公開協議で、フーシ派の戦術が進化しているのを認めたことが、ロイターの入手した文書で判明している。

この文書によるとアスピデス部隊は、フーシ派が商船全体への攻撃を警告したのは紅海における軍事活動の「第4段階」の始まりを示すものだと見なした。

さらにアスピデス部隊は海運各社に、船舶自動認識装置(AIS)の信号をオフにするよう勧告。AISをオンにして航行した商船に対するフーシ派のミサイル攻撃の命中率は75%に上るが、オフの場合は96%のミサイルが当たらなかったと説明している。

同部隊のグリパリス作戦司令官は「イエメン海軍」やHOCCからの無線通信やメールでの呼びかけには答えないよう助言しているとも述べた。

フーシ派が海運会社や保険会社、船員組合などにメール送信を始めたのは2月。当初の内容をロイターが確認すると、「特定商船」に紅海の航行を禁止していたが、明確な差し迫った攻撃を警告するものではなかった。

ところが5月になって脅迫の度合いが強まった。

そのためこうしたメールを受け取った少なくともギリシャの海運2社は、紅海で商船を航行するのを中止したと、事情に詳しい2人の関係者がロイターに語った。

やはりメールを受け取った別の海運会社の幹部は、紅海ルートを引き続き利用できるようにイスラエルとの取り引き打ち切りを決めたと話した。

国際運輸労連(ITF)のスティーブン・コットン事務局長は「紅海ルートの安全が保証できないなら、企業は輸送の遅れを意味するとしても(迂回)行動をする責務がある。船員たちの命がかかっている」と訴えた。ITFは2月にHOCCからメールを受け取っている。

ギリシャに拠点を置くコンバルク・シップマネジメント・カンパニーも、所属船が8月に2回攻撃されたことを踏まえ、紅海での航行を取りやめた。

ディミトリス・ダラクラス最高経営責任者(CEO)は「(コンバルクの)船は紅海を航行していない。主に船員の安全に関係する問題だ。船員が危険にさらされるなら、議論の余地はない」と語った。

フーシ派は、イスラエルとのつながりがないと見なしている中国籍とロシア籍の商船の大部分については航行を妨げておらず、船舶は保険料を安く抑えた航行が可能となっている。

ロイター
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