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焦点:フランスのムスリム系学校、イスラム主義締め付けで閉鎖も

2024年06月08日(土)08時08分

フランス当局による締め付けは、国内のムスリム系機関に対する外国からの影響を抑え、マクロン大統領の言う「フランス共和国の実権を握ろうとするイスラム主義者の長期的な計画」に対抗することを目指している。写真はリールにあるアベロエス高校。3月撮影(2024年 ロイター/Ardee Napolitano)

Juliette Jabkhiro

[パリ 3日 ロイター] - 昨年、シハメ・ダンギルさん(41)は、10代の息子と娘をフランス最大のムスリム系私立学校であるアベロエス高校に入学させた。場所は北部リール。中流家庭が多いパリ郊外にある自宅からは約200キロ離れている。

家計への負担は大きかった。一部が国庫助成対象となる学費だけでなく、子どもたちと、その世話に来てくれる彼らの祖母のために借りたリールの集合住宅の家賃を払うようになったからだ。

それでも、アベロエス校の国内屈指の進学実績はあまりにも魅力的だった。

だからこそ、アベロエス校が昨年12月、フランスが国家教育指針として掲げる世俗主義の原則を順守していないという理由で年間約200万ユーロ(約3億3870万円)の国庫助成を失ったときは大きなショックを受けた。

セルジーの自宅近くにある公園でロイターの取材に応じたダンギルさんは、「あの高校はとてもよくやっている」と述べ、アベロエス校には開放的な精神があると語った。「評価して、よい例として支えるべきだ」

近年、国内外出身のジハーディスト(聖戦主義者)による攻撃で死傷者が出ていることを受けて、マクロン大統領は「イスラム分離主義」「イスラム過激主義」の取り締まりを強化している。マクロン大統領は、今週の欧州議会選挙に向けて自身の党を大きくリードしている極右の国民連合(RN)からのプレッシャーに悩まされている。

フランス当局による締め付けは、国内のムスリム系機関に対する外国からの影響を抑え、マクロン大統領の言う「フランス共和国の実権を握ろうとするイスラム主義者の長期的な計画」に対抗することを目指している。

マクロン大統領は、イスラム教徒を非難しているのではなく、フランス社会にはイスラム教の居場所はあると述べている。とはいえ、人権団体やムスリム系団体からは、アベロエス校などの学校を標的にすることで政府は信教の自由を侵害し、イスラム教徒が自らのアイデンティティーを表現することをさらに困難にしている、という声が上がっている。

ロイターがこの記事のために取材した生徒の親4人と研究者3人は、当局の締め付けは逆効果になるリスクがあり、アベロエス校のような成績優秀な有名校も含め、フランスの制度の中で子女に成功してもらいたいと考えるイスラム教徒を遠ざけることになる、と話している。

アベロエス校に在籍する3人の娘の父親であるトマ・ミシタさん(42)は、フランスの大原則には平等、博愛、そして信教の自由が含まれていると学校で習った、と話す。

「裏切られた気分だ。やり玉に挙げられ、誹謗中傷されている感覚がある」とミシタさんは言う。「自分は100%フランス人だと思うが、こういう締め付けが分断を生む。自分自身の国に、小さな亀裂が生まれている」

アベロエス校は、今や長期的な存続さえ危ぶまれている。

エリック・デュフール校長は5月にロイターの取材に応じ、個人からの寄付で約100万ユーロを集めたものの、来年度の新入生はこれまでの800人から500人程度まで減少したと語った。

大統領府にコメントを求めたところ内務省に回されたが、回答は得られなかった。教育省は、法の適用において信仰の異なる学校の間で差別はしていないと説明した。教育省では、アベロエス校は学業面では成功しているものの、「学校運営及び予算管理」、そして透明性の欠如といった点で問題があるとしている。

アベロエス校は、国庫助成廃止の決定を覆すべく法廷闘争に訴えている。

デュフール校長はロイターに対し、アベロエス校は、助成金受給の条件とフランスの価値観を尊重していることを示すため「あらゆる保証」を政府に与えている、と語った。

「アベロエスはフランスで最も頻繁に視察を受け入れている学校だ」と同校長は話した。

<閉鎖された学校も>

ロイターの集計によれば、2017年にマクロン氏が大統領に就任して以来、フランス政府配下の地域当局により、少なくとも5カ所のムスリム系学校が閉鎖されている。マクロン政権以前に閉鎖されたムスリム系学校は1カ所しか確認できなかった。

これ以外にも、マクロン大統領が就任した初年度には、2017年5月にオランド前大統領の政権が認めた助成金を停止された学校が1校あった。

教育省のデータによれば、2017年以降で国庫助成を認められたムスリム系学校は1校だけ。これに対し、前任者・前々任者の時期には合計9校だ。全仏ムスリム教育連盟(FNEM)はロイターに対し、同時期にムスリム系学校のために約70件の助成金申請を代行したと明らかにした。

ロイターが取材したムスリム系学校10校の現・元校長及び教師10数人は、教育機関が締め付けのターゲットになっており、根拠薄弱な理由で非難を浴び、差別の認識によって国家システムへの統合の深化が妨げられている、と語った。

「ある特定の形で共和国の世俗的な価値観を順守すべき者と、その必要がない者という、まぎれもないダブルスタンダードが見られる」と語るのは、フランスの宗教系学校を研究する米国の人類学者キャロル・フェレーラ氏。カトリック系、ユダヤ系の学校はもっと寛容に扱われていると指摘した。

<宗教系学校の伝統>

フランスには、カトリック、プロテスタント、そしてユダヤ系の学校の伝統があり、公共生活から宗教を幅広く排除するという世俗主義の原則の枠内で、宗教的な表現が認められている。

2004年、イスラム教徒の女性が髪を覆うスカーフ(ヒジャブ)が公立学校で禁止されたことで、イスラム教徒の生徒、特に女子生徒が宗教的なアイデンティティーを表現できるような学校への需要が生まれた。

アベロエス校が、監督を条件として国庫助成の対象となったのは2008年。ムスリム系教育機関の社会統合促進を目指したサルコジ元大統領が後押しした。

フランス統計局のデータによれば、フランス在住のイスラム教徒は推定680万人で、総人口の約10%を占める。フランス国内では、イスラム教はカトリックに次いで2番目に大きい宗教だ。

FNEMでは、国内のムスリム系学校を127校としている。会計検査院の昨年の報告書は、国庫からの助成対象は10校にとどまるとした。

この報告書によれば、カトリック系の学校で国庫助成を受けているのは7045校と対照的な数字だ。フランスカトリック教会では、カトリック系の学校は国内に7220校あると述べている。

<文化的な架け橋>

アベロエス校はフランス本土における最初のムスリム系高校である。校名は、12世紀のスペイン出身イスラム教徒として、欧州におけるアリストテレスの思想の再発見に貢献した学者にちなんでいる。イスラムと西欧の協力の象徴とされる人物だ。

2013年にはフランスにおける最優秀高校に選出された。

ロイターが取材した7人の親及び生徒は、憲法上の義務を重視している教育機関だと語る。

ロイターの記者が3月にアベロエス校を訪れたときには、女子生徒と男子生徒が一緒に勉強している姿が見られた。イスラム教徒でない教師もいた。女子生徒のなかにはヒジャブを着用する者もいれば、着けないことを選ぶ生徒もいた。

宗教学習は選択科目で、礼拝も同じ扱いだ。

2019年、フランスの複数のジャーナリストと地元の政治家が、アベロエス校が慈善団体「カタール・チャリティー」から85万ユーロの助成金を受けていることを指摘した。この団体は国連と協力関係にある。また彼らは、同校の理事会メンバーとフランスにおけるイスラム主義政治運動の推進者とのつながりについても問題視した。

2020年に教育省が行ったアベロエス校の視察では、上述の助成金に法的な問題はないとされた。だがリール地域の当局者と政治家は、同校への国庫助成を抑制する運動を続けた。

リール行政裁判所は2月、政府の地域代表による助成金停止の決定を支持した。ロイターが閲覧した判決文によれば、理由は主として、選択科目であるムスリム倫理の授業で教材とされた1980年代にシリアで刊行された書籍に、両性の分離と背教者への死刑という理念が含まれていたことだった。

フランス政府リール地域代表部はコメントを控えた。

デュフール校長はロイターに対し、問題の書籍を教材に含めるべきではなかったとして、2023年に外したと述べた。同校長によれば、校内には問題の書籍はなく、教えられてもいなかった。ムスリム倫理の授業は、生徒たちにフランスの法律を順守しつつ信仰を実践することを教えるものだという。

9人の生徒、元生徒、親、教師らは、ムスリム倫理の授業ではもっぱら民主的で寛容な価値観が教えられていたと話す。

3月のある日の午後、ダンギルさんの息子であるアブデラヒムさん(14)は、イスラム教の断食月(ラマダン)の期間中、中等部の男女生徒とともにムスリム倫理の授業に出席していた。

アブデラヒムさんは将来の夢は建築家で、両親にとっての誇りでありたいと語る。

「親の願いは、ぼくが学校で良い成績を取ること」とアブデラヒムさん。「そして良い仕事に就いて、良い給料をもらい、ゆくゆくは家族の面倒を見ることだ」

(翻訳:エァクレーレン)

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