ニュース速報

ワールド

焦点:中国製おもちゃ調達もドル建て、人民元取引の実態

2016年01月12日(火)07時50分

 1月6日、英国ビジネスマンのトニー・ブラウン氏は、中国の工場から可愛らしい玩具や遊園地の景品を仕入れる際、人民元で支払おうとしたが、受け取ってもらえないという。写真は昨年9月、中国江蘇省連雲港市で欧米輸出向けのぬいぐるみ工場(2016年 ロイター)

[バジルドン(英国) 6日 ロイター] - 英国ビジネスマンのトニー・ブラウン氏は、中国の工場から可愛らしい玩具や遊園地の景品を仕入れる際、人民元で支払おうとしたが、受け取ってもらえないという。

ブラウン氏は、毎月数百万ポンドに達する調達の決済に現地通貨を用いれば、アジアの取引相手にアピールできるだろうと考えていた。誠意を示すことになり、先方としても多分その方が楽だろう、と。

ところが、相手が望むのはドルでの支払いなのだ。

中国の工場や企業と取引するイギリスの中小企業数百社にとって、これはよくある話だ。しかし「人民元が主要通貨として台頭し、ロンドンが元の国際取引において主要なハブになる」という昨年喧伝された説とは矛盾する。

「元建てで払おうとしたが、向こうはその気にならなかった」と、中国系サプライヤーと密接な取引関係を19年にわたって続けるブラウン氏は言う。

人民元は、一部の主要銀行や投機的な金融投資家の間では取引量が急増しており、アジアでの貿易通貨としてもますます盛んに使われるようになっている。しかし、欧米の日常的な経済においては、その存在感はほぼゼロに等しい。

その理由として、定着した慣行を変える困難さや、中国企業が債務返済や国際的な支払いのためにドルを必要としていること、昨年8月以来2度目の大幅な切り下げに苦しむ人民元の現在価値に対する不信感といった点を指摘する声が、中国と定期取引を行う英国経営者の一部から聞こえてくる。

「これまでずっと中国企業はドルを切望しており、それが今でも続いている。現地通貨である人民元での支払いについて協議はした。しかし彼らが持つ人民元のエクスポージャーは限られており、ドルを選好している」とブラウン氏は言う。

ここ数年、英国のイベント会場や遊園地でのアトラクションを楽しんだ経験がある人なら、そこでもらった景品は恐らくブラウン氏の会社、つまりロンドン近郊バジルトンにあるホワイトハウス・レジャーが輸入したものだ。

過去1年で最も売れたのは、フワフワした「ミニオン」の人形だ。子供向け映画「怪盗グルーの月泥棒」で有名になり、テーマパーク「レゴランド」から、英国で開催される小規模な移動型遊園地に至るまで、あらゆる場所で流通していた。

事業は好調で、ホワイトハウス・レジャーは、為替ブローカーAFEXの主要顧客でもある。ロンドンには、銀行がトップ企業に提供する優遇レートやサービスを受けられるほどニーズが大口ではない企業に特化したブローカーが多数あるが、AFEXはそのなかでも最大級だ。

AFEXの営業担当ディレクターであるジェームス・コリンズ氏によれば、彼が担当している企業顧客150社のうち、人民元建てで本格的な取引を行っている企業は1社もないという。中国側の消極姿勢が原因だ。「サービスとしては提供しているし、注目してくれる顧客も多いのだが、相手方が応じてくれる例が1つもない」と同氏は語る。

<利用は急増したが>

中国は昨年、今後のグローバル経済・金融ヒエラルキーのなかで自国の地位を固めるには人民元の国際通貨化が不可欠の要素になると考え、そのための取り組みを強力に推し進めた。

国際銀行間通信協会(SWIFT)のデータによれば、人民元は現在、国際決済において5番目に多く用いられている通貨だ。銀行間大口取引プラットフォームでの人民元利用が急増したことにより、最も取引量の多いひと握りの通貨の1つとなることが多いという。

だが、この10年間に中国企業が膨大なドルを稼いだことが、2008年以来の米国の超低金利とも重なり、投資・貿易分野ではこれまで以上にドルが日常的に利用されるようになっている。

国際通貨基金(IMF)が昨年、ベンチマークとなる通貨バスケットの構成通貨に元を追加することを承認したため、近い将来、元は世界全体の中央銀行準備金のうち10%近くを占めるようになるはずだ。

だが、この2年間で大幅に増大しているとはいえ、国際決済全体のなかでの利用率は、ドルが52%であるのに対して、元はわずか2%だ。財・サービスの貿易においては0.5%にも満たない。

中国企業は依然として約1兆ドル相当のドル建て債務を抱えており、毎月数十億ドル単位で返済・利払いを行っている。その資金の大半はオフショア口座に入り、中国には流入しない。

AFEXの別の顧客であるボブ・レイサム氏は、中国の工場から強化複合材料と艶出し材を購入し欧米の顧客に販売しており、その代金約10万ドルを毎月支払っている。

「人民元で支払うと工場側には提案してみた。できるだけ彼らが製品を販売しやすいようにしてあげることは、こちらの利益にもなる。そうすれば、我々が先方にとっていちばん使いやすい販路になるからだ」とレイサム氏は言う。

「ところが、かなりおかしなことになっていたようだ。彼らは外国の銀行に口座を持っており、対外輸出はすべてその口座で処理している。だから我々が人民元で支払おうとすると、彼らはそれを米ドルに替えてから、その米ドルを送金して、また人民元に替える。どんな理屈やメリットがあるのか理解できなかった」と同氏は語る。

<金利のアヤ>

こうした状況とは矛盾するが、HSBCやスタンダード・チャータード、シティなどの銀行を中心として、企業は人民元の採用を盛んに宣伝している。トレーディング業務や利益が減少しているなかで、銀行各行にとっては、人民元取引は貴重な成長市場なのである。

SWIFTのデータは、アジアとそれ以外の地域の不均衡を示している。例えば、グローバル規模での人民元の採用率が2%であるのに対して、日本・中国間の決済では約7%となっている。

それでも、人民元取引はドルよりも高い利益をもたらしており、売買レートのスプレッドの大きさによる両替コスト高を相殺している。

銀行関係者によれば、ロンドンにおける元建て取引はこの6カ月で急増しており、大手の企業顧客は1年以上にわたり元建て決済を行っていたという。

ロンドンのウェスタンユニオンで大手企業向けにヘッジやオプション商品を販売しているトビアス・デイビス氏は「元建ての取引はたくさんやっている」と話す。

「特に、フォワードやオプション取引では、直接人民元で決済することのメリットは大きい。金利は4%以上だから、ポジションを維持したままで、金利キャリーが得られる。ドルに比べて人民元のスプレッドがわずかに大きくても、それで相殺できる」

だがデイビス氏も、中国の顧客は依然としてドルで受け取ることに執着していることを認めている。「昨年来、元はさらに切り下げられるだろうという想定があった。だから少なくとも当面、それが続いている間は、中国企業は元を持ちたがらない。ドルをもらう方がはるかにありがたいだろう」と指摘する。

(Patrick Graham記者)

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2016 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ターゲット、11─1月売上高見通し引き上げ 利益

ビジネス

ECBラガルド総裁は渋面、ドラギ氏は笑顔で市場にメ

ワールド

米国務長官、ガザ停戦19日発効を確信 未解決の問題

ビジネス

米企業在庫、11月は0.1%増 予想と一致
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 2
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の超過密空間のリアル「島の社交場」として重宝された場所は?
  • 3
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 4
    ロス山火事で崩壊の危機、どうなるアメリカの火災保険
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 7
    トランプの「領土奪取」は暴論にあらず。グリーンラ…
  • 8
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 9
    韓国ユン大統領、逮捕直前に気にしていたのは意外にも…
  • 10
    韓国の与党も野党も「法の支配」と民主主義を軽視し…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    ロシア兵を「射殺」...相次ぐ北朝鮮兵の誤射 退却も阻まれ「弾除け」たちの不満が爆発か
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「…
  • 6
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 7
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    古代エジプト人の愛した「媚薬」の正体
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中