ニュース速報
ビジネス

アングル:「スウィフトノミクス」が幻想にすぎない訳

2024年06月30日(日)07時55分

 6月27日、米人気歌手テイラー・スウィフトさんが欧州に旋風を巻き起こしている。写真は5月、ストックホルムで開かれたコンサートで歌うスウィフトさん(2024年 ロイター/Christine Olsson / TT News Agency)

Balazs Koranyi

[フランクフルト 27日 ロイター] - 米人気歌手テイラー・スウィフトさんが欧州に旋風を巻き起こしている。ダブリンからウィーンまで、何十もの完売公演にファンが押し寄せており、経済的な恩恵がもたらされると予想する識者も出てきた。

パリ五輪やドイツで開催中のサッカーの欧州選手権(ユーロ)とともに、スウィフトさんの公演は、景気後退こそ回避したものの米国に大きく遅れをとっている欧州経済のカンフル剤になると期待されている。

しかし、一つ問題がある。「スウィフトノミクス」(スウィフトさんの公演がもたらす経済効果)は幻なのだ。

スウィフトさんは音楽業界に革命を起こす巨大スターかもしれないが、経済効果は微々たるものだ。

スウェーデンのストックホルムを例に取ろう。5月に行われた3回の公演には18万人近いファンが来場し、その半数は海外からで、8億5000万クローナ(約129億円)近い売り上げをもたらした。

これは、1年の国内総生産(GDP)が6230億ドル(100兆円)、欧州連合(EU)内8位と、さほど大きくないスウェーデンの経済規模にとってさえ、「バケツの中の一滴」に等しい。

ストックホルム商工会議所のチーフエコノミスト、カール・ベルクビスト氏は「ストックホルム、とりわけ観光部門にとって、この売上高は週末の大きな追い風となる」ものの、「あくまでも1週末の話であり、経済成長全体への目に見える、あるいは大きな影響はない」と言い切った。

ホテルやレストランは大もうけし、カウボーイハットの売り上げも155%急増したと商工会議所は推定している。

物価への影響も無視できるほどで、1年前に米人気歌手ビヨンセさんがこの街でコンサートを行い、一時的なインフレ不安を引き起こした時よりも小さい可能性さえある。ビヨンセ効果の有無はさておき、スウェーデンのインフレ率は当時の10%から現在は2%強まで低下している。

INGのエコノミスト、カーステン・ブルゼスキ氏は「テイラー・スウィフト効果はあるかと言われれば、せいぜい極めて小さく一時的な効果だ」と指摘。「大きなイベントの前には経済効果を測るための膨大な調査が行われるが、あとで数字に表れた効果を確かめようとすると虫眼鏡が必要になる」と話す。

五輪やサッカー欧州選手権も同じだ。

レストランやビールの売り上げ、グッズの販売業者には恩恵があるが、消費パターンに持続的な影響が及ぶわけではない。

シェフィールド・ハラム大学のサイモン・シブリ教授は「発生する消費支出は、どのみち発生する支出であり、何か別のものと相殺される傾向がある」と説明する。

つまり、コンサートのチケットやホテル代は家計から支出されるため、レストランや旅行など、他の支出に回せる額が少なくなるというわけだ。

ダンスケ銀行が発表した「生ビール指数」によると、デンマークが前回のサッカー欧州選手権に出場した際、パブやレストランの売上高は通常の106%も増えた。

しかし同行のピエト・ヘインズ・クリスチャンセン氏は「ミクロレベルでは、このようなイベントは追い風となるが、それも小規模で一時的なものだ」と明言。「テイラー・スウィフトさんが公演を行う場所のホテルやケータリングとか、サッカーの試合開催国のビール売り上げなど、特定の分野に関する」効果だという。

一部の英国メディアは先月、スウィフトさんファンの消費行動に関する英バークレイズ銀行の調査に飛びつき、コンサートが英国経済に10億ポンド(2030億円)をもたらすと示唆した。

しかしコンサート関連支出が他の消費を抑制しそうなだけでなく、スウィフトさんのツアー収入の多くは米国に流れるという事実もある。

英国や欧州大陸諸国の経済規模では、こうした支出の移転によって貿易収支が変わることはないだろう。20カ国から成るユーロ圏の貿易黒字は、4月だけで390億ユーロ(6兆7000億円)に上る。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の免責特権一部認める、米最高裁 審理差し

ワールド

ウクライナ危機「1日で解決は不能」、ロ国連大使がト

ビジネス

ペット用品チューイー株が乱高下、「ロアリング・キテ

ビジネス

韓国サムスン電子、労組がゼネスト宣言 8日開始
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVの実力
特集:中国EVの実力
2024年7月 9日号(7/ 2発売)

欧米の包囲網と販売減速に直面した「進撃の中華EV」のリアルな現在地

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「帰ってきた白の王妃」とは?
  • 2
    能登半島地震から半年、メディアが伝えない被災者たちの悲痛な本音と非情な現実
  • 3
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」...滑空爆弾の「超低空」発射で爆撃成功する映像
  • 4
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド…
  • 5
    大統領選討論会で大惨事を演じたバイデンを、民主党…
  • 6
    中国のロケット部品が村落に直撃...SNSで緊迫の瞬間…
  • 7
    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…
  • 8
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着た…
  • 9
    バイデン大統領の討論会「大失敗」は側近の判断ミス
  • 10
    ガチ中華ってホントに美味しいの? 中国人の私はオス…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「帰ってきた白の王妃」とは?
  • 3
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地...2枚の衛星画像が示す「シャヘド136」発射拠点の被害規模
  • 4
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 5
    ミラノ五輪狙う韓国女子フィギュアのイ・ヘイン、セク…
  • 6
    ガチ中華ってホントに美味しいの? 中国人の私はオス…
  • 7
    「大丈夫」...アン王女の容態について、夫ローレンス…
  • 8
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着た…
  • 9
    衛星画像で発見された米海軍の極秘潜水艇「マンタレ…
  • 10
    貨物コンテナを蜂の巣のように改造した自爆ドローン…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に
  • 3
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 4
    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…
  • 5
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 6
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 7
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…
  • 8
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…
  • 9
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 10
    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中