ニュース速報

KBN3DE0BO

2024年12月22日(日)08時39分

 中国政府の支援を受けて広大な農業地域の中に建設中の工業団地の一角で、経営者のレイ・コンルイ氏は、白とピンクのランジェリーを着たマネキンの首にかかる小さな金の鈴を整えていた。写真は、ランジェリー工場で働く72歳の従業員。11月26日、江蘇省連雲港市灌雲県の工場で撮影(2024年 ロイター/Florence Lo)

Casey Hall Florence Lo Xihao Jiang

[灌雲県(中国) 16日 ロイター] - 中国政府の支援を受けて広大な農業地域の中に建設中の工業団地の一角で、経営者のレイ・コンルイ氏は、白とピンクのランジェリーを着たマネキンの首にかかる小さな金の鈴を整えていた。

この工業団地の「維密小鎮」という名称を訳せば、「ビクトリアズ・シークレット・タウン」。もっとも、米国の著名な下着ブランドとは何の関係もない。すでに稼働している事業所はわずかだが、その1つがレイ氏の「セクシーランジェリー」ショールームだ。

南京大都市圏から290キロ離れた中国東部の灌雲県では、まもなく縮小ないし撤廃されそうな米国の輸入免税措置の恩恵を受けて、女性用下着産業が急速に発展してきた。

米国は、通関に伴う書類処理を削減することを目的とした「デミニミス」ルールのもとで、国外から発送された800ドル(約12万2500円)以下の個人宛小包については関税を免除している。この制度のおかげで、電子商取引(EC)サイト「SHEIN(シーイン)」やPDDホールディングス傘下の「Temu(テム)」といった中国のネット通販企業や、これらのサイトを経由して商品を販売するレイ氏のようなメーカーが急速な成長を遂げた。その一方で、フェンタニル密輸など犯罪目的でも悪用されている。

政権末期を迎えたバイデン大統領は、「抜け穴を封じる」取り組みを進め、トランプ次期大統領は中国製品に対する関税の引き上げを選挙公約に掲げた。欧州連合(EU)など国も同様の規制強化を検討中で、灌雲県の女性用下着産業が脅かされようとしている。

長髪を後ろで結びメガネをかけたレイ氏は、「デミニミス」ルールの適用が制限され関税が引き上げられれば、「かなり大きな影響が生じるだろう」と語る。同氏が経営するミッドナイト・チャーム・ガーメントはシーインなどの顧客と取引し、売上高の70%は米国市場に依存している。野村ホールディングスの試算では、中国からの輸出のうち、今年は2400億ドル相当が「デミニミス」ルールの恩恵を受けている。これは対外売上高の7%に当たり、国内総生産の1.3%を占めている。

野村ホールディングスの予想では、米国が「デミニミス」ルールを廃止した場合、中国の対米輸出成長率は1.3%、GDP成長率は0.2%低下すると見られる。欧州や東南アジアも同様の免除措置を廃止すれば、この数字は大幅に悪化する。

野村ホールディングスで中国担当チーフエコノミストを務めるティン・ルー氏は、「低付加価値、労働集約型のノーブランド製品を作る小規模工場のブルーカラー労働者が最も大きな影響を受けるだろう」と語り、例として衣料品セクターを挙げる。灌雲県当局と中国商務省、またシーイン、PDDにコメントを求めたが、回答はなかった。中国商務省は先月、「恣意的な」関税は「米国自身の(麻薬・経済)問題の解決にはつながらない」と述べていた。

2021年から段階的に開業した「ビクトリアズ・シークレット・タウン」でも、220億元(約4,600億円)を投資した地元当局の期待を裏切るのではないかという兆候がている。産業促進にあたっては灌雲県のような債務を抱える地方自治体が一役買うことも多いが、生産能力過剰とデフレ圧力をもたらすことにより、その後は業績が急降下するリスクも抱える。

11月のある日に訪れたところ、工業団地の大半はまだ更地だった。研究や設計、電子商取引向け物流関係の企業が入居するビルが計画されている地区の稼働開始予定日は発表されていない。

中国各地の他の産業特区も、全体的な過剰投資という問題に直面している。

上海の中国欧州国際ビジネススクールのマジド・ゴルバニ准教授は、「(地方政府は)国家経済全体を無視して、目の届く範囲でしか考えていない」と指摘する。

<産業モデル>

レイ氏は2006年、まだ高校生だった頃に起業した。車で約10分の距離にある粗末な作業場で親戚が手伝ってくれた。中国市場における価格競争を避けて他国への販売を開始したのは2014年だ。

その1年後、米国政府は「デミニミス」ルールの適用上限をそれまでの200ドルから4倍に拡大した。その後、レイ氏の輸出額は毎年ほぼ倍々ゲームで増えてきた。昨年の総売上高は130万ドルだという。

レイ氏によれば、友人や親戚、隣人たちにも似たようなビジネスを起業する人は多いという。灌雲県では現在、約1400社で働く10万人が「セクシー衣料」を製造しているとレイ氏は言う。同氏が挙げる数字は、中国国営メディアが報じるものに近い。「この近所の街角で『このあたりでセクシーなランジェリーを作っている人!』と叫べば、ほぼどのビルからも2人は出てくるだろう」

国営メディアが書き起こした灌雲県の共産党幹部の演説によれば、「卑猥な」製品及びコンテンツを禁じる共産党の指針があったため、最初のうちは地元当局も及び腰だったという。

だが最終的には、当局もこうした産業を支持するようになり、工業団地など省のリソースを提供するようになった。工業団地は高速鉄道の駅に隣接している。駅は立派だが、人通りはまばらだ。

レイ氏は、「我々セクシー衣料産業に対する当局の支援はとても強固だ」と言う。「工場用地に投資し、起業家向け研修を主催し、資金面での支援を受けている企業もある」

工場のオーナーたちは、取引先の訪問を受けたり原材料を保管するといった点でも工業団地は便利な場所だと賞賛する。ショールームの多くは卸売業者向けで、予約がある場合に限ってオープンしている。

レイ氏は、関税とオンライン通販への制約が強化されれば、米国消費者の負担が増えるため、販売量の減少を甘受せざるを得なくなると話す。すでにコスト抑制の可能性をにらんで、米国内の倉庫に投資し、航空便による顧客への直接納品から大量の貨物を一度に輸送する方法に切り替えることを検討中だ。また南米や中東、中央アジアなど、ティームーなどのサイトの利用者がいる地域で新たな顧客を開拓しようとしている。

スー・ヤン氏が創業したランジェリー製造企業ガミーパークでは、生産量のうち海外での販売分は3分の1にすぎない。米国での販売量が減少したとしても、他市場での成長で補えると自信を持っている。

ロイターがスー氏のショールームを訪れたときは、黒のキャミソールとローブをまとったモデルが、中国国内のバイヤー向けにライブストリーミング配信の最中だった。

「アメリカはただ一つの国にすぎない。世界には80億人以上もいるのだから」とスー氏は語る。

このような企業が迫り来る逆境にどのように対処するかは、灌雲の住民にとって重要だ。彼らの平均年間可処分所得は2022年には2万1000元(約44万2000円)を超え、2008年の約5,000元から大幅に増加している。

工業団地近くの工場ミッドナイト・チャームでは、裁縫工のチャン・ランランさんは月に最大7,000元を稼ぐ。中国の急成長する電気自動車産業で働く多くの人と同レベルの収入だ。近くの倉庫では、72歳のシュウさんが他の高齢者と共に製品を梱包し、月に最大3,000元を稼ぐ。

工場での仕事があるからこそ、チャンさんは都市に働きに出る必要がなく、子供たちと一緒に住める。シュウさんは、日中、家で一人ぼっちににならずにすむ。

姓だけを明かしたシュウさんは、何よりもこの生活は農業よりは良いと語る。「今の人たちは楽になったものだね」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中