コラム

インターネットは、国単位で分割される「スプリンターネット」になりつつある

2019年03月15日(金)13時45分

アメリカネット、EUネット、中国ネット、ロシアネット......に

スプリンターネットをもたらしたのは既存の国家であり、その手段となるのがネット検閲やブロッキングだ。例えば中国は金盾、俗にグレートファイアウォールと呼ばれるシステムを構築し、中国国外との接続を厳しくコントロールしているが、これは政治的に情報の出入りを検閲し、国家の管理下に置きたいからだ。

最近話題になったのはロシアで、国内のネットワークをインターネットから切り離す実験をすると発表した。ちなみにロシアにしてもネット人口は1億人程度と、日本に匹敵する多さである。ロシアの試みがうまく行けば、他の国も続くかもしれない。

ようするに、インターネットはアメリカネット、EUネット、中国ネット、ロシアネットといった具合に、国単位で分割されつつあるのである。スプリンターネット化によって、ようやく国家がネットをコントロールする可能性が見えてきたのだ。

かつてネット検閲と言えば専制国家の専売特許だったが、スプリンターネットを前提にすれば、ネットを国内法や規制で飼い慣らすことが出来ることがだんだん分かってきて、日本を含む民主的な国家でも、知ってか知らずかスプリンターネットを志向するケースが増えているように思う。これは危険な兆候である。

自国のネットへのアクセスが、政治的、経済的な取引材料に

そして、自国の「イントラネット」へのアクセスが、政治的、経済的な取引材料として使われるようになってきている。その際の武器になるのが、往々にしてプラットフォーム規制やプライバシー保護、サイバーセキュリティといった美辞麗句なのは皮肉なことと言えよう。EUと日本の個人データ移転を巡るGDPRの十分性認定にもそういう面があったし、そのうち中国も、金盾を入れていない国はサイバーセキュリティ対策に問題があるから、そうした国の企業の中国ネットへのアクセスを禁ずる、などと言い出す可能性もある。スプリンターネットはかつて「インターネットのバルカン化」と呼ばれることもあったが、むしろこちらのほうが適切な表現かもしれない。

スプリンターネット化の理由を、インターネット・ガバナンスの中心となる存在の不在に求める見解もある。先日パリで開催された国連のInternet Governance Forum 2018では、フランスのマクロン大統領が演説し、インターネットには正しい規制が必要だ、IGFこそが規制の主体になれ、なれないならもっと政府が乗り出すぞと発破をかけた。 彼の演説は賛否分かれたが、問題意識は分からなくもない。

我々は情報の自由を求めてまたフロンティアを開拓するしかない

インターネットのスプリンターネット化を我々はどう評価すべきだろうか。原則として、自分が見たいものが見られず、あるいは見ようとしたものと違うものを見せられる、というのは、知る権利の重大な侵害であり、よほどの理由が無い限り容認できないと私は考える。インターネットの強みだった相互接続性が損なわれるのも問題だ。

一方で私自身は、インターネットが一般大衆のものになった今、細かく管理され、人畜無害で漂白されたものになっていくのは残念だが仕方がないとも思っている。

いずれにせよ今後インターネットは、可愛い猫の写真ばかりの安心・安全で無意味なものになっていくのだろう。だとすれば、我々は情報の自由を求めてまたフロンティアを開拓するしかない。私がこのところTorI2PNamecoinIPFSといった、テイクダウンやネット検閲に対抗できる(かもしれない)技術の開発に取り組んでいるのは、そういった問題意識による。

ヤフー個人から転載

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、一部銀行の債券投資調査 利益やリスクに

ワールド

香港大規模火災、死者159人・不明31人 修繕住宅

ビジネス

ECB、イタリアに金準備巡る予算修正案の再考を要請

ビジネス

トルコCPI、11月は前年比+31.07% 予想下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 8
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 9
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 10
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story