コラム

我々の弱点を前提として、民主主義を「改善」することはできないだろうか

2019年03月11日(月)17時50分

どうやら熟議は現実にはほとんど成立しない

また、日本でも忌憚の無い意見をぶつけあい、お互いを高め合う「熟議民主主義」の必要性が説かれるが、様々な事例研究が示唆するのは、どうやら熟議は現実にはほとんど成立しないということだ。偏見とまでは言わないまでも信念は、その人の生きる意味と深く結びついてしまうので、ファクトを突きつけられたくらいではそう簡単には変わらないということが分かってきた。

実際、アメリカでも共和党支持者と民主党支持者の間に完全な断絶があり、党派主義や集団極性化が幅を利かせている。

フェイクニュースの世界的な横行も、結局はこれに起因する。日本でも原発や沖縄の基地問題などで意見対立が先鋭的になっているが、相手を説得するのはほぼ不可能に近い。「話せば分かる」というのが我々のナイーブな願望だったのだが、どうやら人間という生き物はそもそもそのように出来ていないらしい、というのが、最近の心理学等の研究が示すところなのだ。そして、残念ながらインターネットの普及はこの傾向に拍車をかけている。

民主主義を「改善」することはできないだろうか

こうした我々の弱点から目を背けるのではなく、むしろこれらを前提として、民主主義を「改善」することはできないだろうか。前回も名前が出てきたジェイソン・ブレナンは、デモクラシーならぬエピストクラシー(epistocracy)を提唱している。ギリシャ語のエピステーメー(知識)に由来するこの言葉は、ようするに「知識ある者の支配」を意味する。

その名の通り、エピストクラシーは、有権者にある程度の知識と能力を求めるシステムである。具体的なやり方はいろいろあり得るだろうが、例えば政治や経済に関する簡単なテストを課し、それなりの点数を取ることを投票や立候補の条件としてはどうか。点が取れれば3歳でも投票できるし、取れなければ成人でも投票できないというわけだ。最低限の「足切り」に過ぎないが、それでも意志決定の質が向上する可能性はある。

エピストクラシーに反対する人は多いだろう。歴史的に見ればこれは制限選挙そのもので、人種差別の激しかったアメリカ南部では、貧しい黒人に投票させないためにこの種の制度が使われたこともある。私自身、実のところいくつかの理由で賛同はしていない。

ポイント複数票制などは......

しかし、他にもいろいろ工夫の余地はあると思うのである。例えば、現在の民主主義は結局のところ多数決であって、少数派の意見が反映されることは少ない。しかし、直接民主主義的なシステムで、全員に1年あたり100ポイントが配られ、ポイントで買って複数票を投じることができるようにしたらどうだろうか。やみくもに全部投じられても困るので、1票なら1ポイント、2票なら4ポイント、3票なら9ポイント、4票なら16ポイント、5票なら25ポイント...という具合に、倍々(2乗)の値付けにする。多く投票したければ必要なポイントがどんどん多くなり、しかもリミットがあるわけだ。

このような仕組みにすると、社会全体としては少数派かもしれないが、本当にその政策の実現を熱望し、かつおそらくはその政策についてよく理解している人が、その度合いを投票に反映させることが出来るようになる。例えばゲイのカップルは、100ポイント全部使って10票を同性婚の法制化に投じることもできる。自分にとってはどうでもいいが、まあどちらかといえばこっちかな...という問題には、1票だけ投じれば良いわけだ。これは、2乗なのが二次関数と同じなので、二次投票(quadratic voting)と呼ばれるアイデアだ。

一人一票の制限を外すと違った世界が見えてくる

他にも、先日紹介したデメーニー投票は単純な例の一つだし、一時期話題となった欧州海賊党の液体民主主義も、実は一人一票の制限を外すところから話が出発している。ようするに、「(誰にでも自動的に)一人一票」という普通選挙の前提を外すと、いろいろと違った世界が見えてくるのである。もちろん、憲法改正など実現のためのハードルは極めて高いのだが、そろそろ真面目に議論すべき時期に来ているのではないだろうか。なにより話として面白いのである。

なお、このあたりの細かい話に関して詳しく知りたい方は、本邦未訳だが、ブレナンの「Against
Democracy」という本をお読みになると興味深いのではないかと思う。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ビジネス

米1月住宅建設業者指数37に低下、高価格と金利懸念

ワールド

トランプ氏、ハセット氏を「とどめたい」 FRB議長

ワールド

EUがウクライナ早期加盟検討、当初の権限限定 ロ和

ワールド

最高裁、次回判決日は20日 トランプ関税訴訟など重
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手がベネズエラ投資に慎重な理由
  • 3
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑について野次られ「中指を立てる」!
  • 4
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 5
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 6
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 7
    イランの大規模デモ弾圧を可能にした中国の監視技術─…
  • 8
    日中関係悪化は日本の経済、企業にどれほどの影響を…
  • 9
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 10
    122兆円の予算案の行方...なぜ高市首相は「積極財政…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 8
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 10
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story