我々の弱点を前提として、民主主義を「改善」することはできないだろうか
どうやら熟議は現実にはほとんど成立しない
また、日本でも忌憚の無い意見をぶつけあい、お互いを高め合う「熟議民主主義」の必要性が説かれるが、様々な事例研究が示唆するのは、どうやら熟議は現実にはほとんど成立しないということだ。偏見とまでは言わないまでも信念は、その人の生きる意味と深く結びついてしまうので、ファクトを突きつけられたくらいではそう簡単には変わらないということが分かってきた。
実際、アメリカでも共和党支持者と民主党支持者の間に完全な断絶があり、党派主義や集団極性化が幅を利かせている。
フェイクニュースの世界的な横行も、結局はこれに起因する。日本でも原発や沖縄の基地問題などで意見対立が先鋭的になっているが、相手を説得するのはほぼ不可能に近い。「話せば分かる」というのが我々のナイーブな願望だったのだが、どうやら人間という生き物はそもそもそのように出来ていないらしい、というのが、最近の心理学等の研究が示すところなのだ。そして、残念ながらインターネットの普及はこの傾向に拍車をかけている。
民主主義を「改善」することはできないだろうか
こうした我々の弱点から目を背けるのではなく、むしろこれらを前提として、民主主義を「改善」することはできないだろうか。前回も名前が出てきたジェイソン・ブレナンは、デモクラシーならぬエピストクラシー(epistocracy)を提唱している。ギリシャ語のエピステーメー(知識)に由来するこの言葉は、ようするに「知識ある者の支配」を意味する。
その名の通り、エピストクラシーは、有権者にある程度の知識と能力を求めるシステムである。具体的なやり方はいろいろあり得るだろうが、例えば政治や経済に関する簡単なテストを課し、それなりの点数を取ることを投票や立候補の条件としてはどうか。点が取れれば3歳でも投票できるし、取れなければ成人でも投票できないというわけだ。最低限の「足切り」に過ぎないが、それでも意志決定の質が向上する可能性はある。
エピストクラシーに反対する人は多いだろう。歴史的に見ればこれは制限選挙そのもので、人種差別の激しかったアメリカ南部では、貧しい黒人に投票させないためにこの種の制度が使われたこともある。私自身、実のところいくつかの理由で賛同はしていない。
ポイント複数票制などは......
しかし、他にもいろいろ工夫の余地はあると思うのである。例えば、現在の民主主義は結局のところ多数決であって、少数派の意見が反映されることは少ない。しかし、直接民主主義的なシステムで、全員に1年あたり100ポイントが配られ、ポイントで買って複数票を投じることができるようにしたらどうだろうか。やみくもに全部投じられても困るので、1票なら1ポイント、2票なら4ポイント、3票なら9ポイント、4票なら16ポイント、5票なら25ポイント...という具合に、倍々(2乗)の値付けにする。多く投票したければ必要なポイントがどんどん多くなり、しかもリミットがあるわけだ。
このような仕組みにすると、社会全体としては少数派かもしれないが、本当にその政策の実現を熱望し、かつおそらくはその政策についてよく理解している人が、その度合いを投票に反映させることが出来るようになる。例えばゲイのカップルは、100ポイント全部使って10票を同性婚の法制化に投じることもできる。自分にとってはどうでもいいが、まあどちらかといえばこっちかな...という問題には、1票だけ投じれば良いわけだ。これは、2乗なのが二次関数と同じなので、二次投票(quadratic voting)と呼ばれるアイデアだ。
一人一票の制限を外すと違った世界が見えてくる
他にも、先日紹介したデメーニー投票は単純な例の一つだし、一時期話題となった欧州海賊党の液体民主主義も、実は一人一票の制限を外すところから話が出発している。ようするに、「(誰にでも自動的に)一人一票」という普通選挙の前提を外すと、いろいろと違った世界が見えてくるのである。もちろん、憲法改正など実現のためのハードルは極めて高いのだが、そろそろ真面目に議論すべき時期に来ているのではないだろうか。なにより話として面白いのである。
なお、このあたりの細かい話に関して詳しく知りたい方は、本邦未訳だが、ブレナンの「Against
Democracy」という本をお読みになると興味深いのではないかと思う。
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