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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
アップルのリビングネット革命
スティーブ・ジョブズでいることは大変だ。サンフランシスコで9月1日(米国時間)行われたアップル・イベントを見ていて、そう思った。アップルのイベント、それもジョブズ自身が登場するものとなると、否応なく人々の期待が高まる。またまたすごい新製品が出るのか。アップルのもったいぶり方もかなりのものなので、あらゆる噂が広まり、場合によってはがっかりさせられるケースもあるのだ。ジョブスはますます期待を裏切れなくなる。
今回のイベントは、その意味で言うと「中」レベルの発表だ。iPhoneやiPad発売のような「大型」レベルの発表ではなく、そうかと言って、iPodに改良を加えましたといったような「小粒」レベルでもない。衝撃的新製品は出なかったものの,今後のアップルの方向を占うためのいくつかのヒントが隠されていたからだ。
今回の発表は4本立てである。ジョブズ自身が整理整頓して伝えてくれるので、わかりやすいのだ。1本目は、アップルのモバイル機器用OSである「iOS」のバージョンアップ。2本目はiPod3機種の「これまでにないほど強力な新製品ラインアップ」(ジョブズ言)。3本目はiTunes 10に統合される新しいソーシャル・ネットワーク機能「Ping」。最後が新生AppleTVだ。
■iOS
さて、iOSのリリースについては、今回はiOS 4.1だが、11月に予定されているiOS 4.2のチョイ見せまでやってくれた。このふたつをまとめると、iPhoneやiPodのような小型デバイスで高度な写真が撮れ、HDビデオをwifiでストリーミングでき、ワイヤレス印刷が可能になり、AirTunes改め「AirPlay」によって、モバイル・デバイスから音楽だけでなくビデオ、映画、写真を、スピーカーやHDTV(Apple TV経由)に転送できるようになる。これまでコンピュータでしかできなかったことを、モバイルでもやってしまおうということだ。
■iPod3機種
iPod3機種(シャッフル、ナノ、タッチ)の新製品の詳細についてはアップルのサイトでも見ていただきたいが、要はより小型になり、ナノはタッチパネルを搭載、そしてタッチには背面だけでなく前面にもカメラがついたことが、特筆すべき点だろう。
この前面カメラはiPhone4にもついていて、「フェイスタイム」というアプリケーションを用いればビデオ通話ができた。しかも、このフェイスタイムは携帯通信網ではなくwifi環境を用いるもの。iPodもwifi接続可能なので、これに前面カメラがつくということは、フェイスタイムで電話ができるのと同じということだ。
iPodは、これまで「iPhoneから電話を差し引いたもの」とされてきたわけだが、そのiPodが通信キャリアとの契約なしにビデオ通話ができるとなれば、これはもうiPodが限りなくiPhoneに近づいているということではないだろうか。
■Ping
今回の発表内容はほぼ事前の噂通りだったが、唯一意外だったのは「Ping」である。これはiTunesに盛り込まれるソーシャル・ネットワーク機能で、友達がどんな曲を買ったとか、誰のコンサートへ行ったといったようなことを情報交換できるもの。
友達に限らず、ツイッターのように直接知らない人のフォロアーになったり、フォローされたりすることもできる。アーティストが自分の宣伝用に新アルバムやコンサート情報を流し、それをもとにファンクラブが意見を交換するような場にもなるだろう。
まあ、考えてみれば、iTunesストアーの人気を楯にこれだけ音楽業界を牛耳ってきたアップルが、今までここに手をつけなかったことの方が不思議なのかもしれない。これはけっこうイケそうな予感がする。
■Apple TV
さて、4本目のApple TVをジョブズは「ホビー(趣味)」的な製品と表現したのだが(ちなみにiPodは、本日のアントレだと言った)、今後のアップルを考える時、実はこれが一番の肝いりなのではないかと、私は見ている。
Apple TVは、大成功を収める他のアップル製品の中にあって、まるで養子のように肩身の狭い思いをしてきたはずである。インターネットとテレビを結ぶ箱であるApple TVが最初に世に出たのは2007年だったが、これまでさっぱり話題にならなかったからだ。ジョブズも2008年に「Take Two」(第二幕)などと言って、製品スペックの洗い直しをやったが、それでも大ヒットにならなかった。
今回の新生Apple TVのポイントは、コンテンツのストリーミングに徹することだ。これまでは、ダウンロードして保存するという機能も備えていたが、ファイルを管理したり、コンピュータとシンクロさせたりが普通の人々には難しすぎるとわかったのだという。
今回の改訂で、Apple TVはテレビ番組や映画をインターネットからストリーミングしたり、コンピュータやモバイル・デバイスから転送してテレビ画面で見せたりするという単純な機器に変身する。映画やテレビ番組のストリーミングは、アメリカではすでに有料モデルが確立されはじめており、その動きへ便乗するというわけだ。
Apple TVの値段も229ドルから99ドルへと大幅値下げ。テレビ番組のストリーミングも2.99ドルから99セントに値下げする。新作映画は、DVD発売と同時に4.99ドルで見られるようになる。かつてiPhoneも大幅な値下げを行って一気に広まったが、同様の戦略に出たと見ていいだろう。
インターネットがリビングルームでどんな役割をするのかについては、どの企業も未だ明快な製品構成図が描けないでいる。アップルは、一歩先にここへ踏み込んだということだ。
アップルの強みは,何と言ってもコンテンツを束ねるアグリゲーターでありデバイス・メーカーでもあるという立場だろう。これをテコに、これまで以上に人々がエンターテインメントを享受する方法をかたちづくろうとしているのだ。それをつくづくと感じさせる今回の発表だった。
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