コラム

規制と開発の「いたちごっこ」...大麻グミ問題から見る、危険ドラッグ取締りと活用の歴史

2023年12月04日(月)16時30分

そもそも大麻グミに用いられたHHCHも、大麻に含まれるTHCによく似た別の化合物THCH(テトラヒドロカンナビヘキソール)が本年8月に規制されたことを受けて、新たに頻繁に使用されるようになった成分です。そこで厚労省は現在、大麻の麻薬成分によく似た化合物をまとめて規制することを念頭に、科学的知見の収集を進めていると言います。

薬物乱用、諸外国で悲惨な状況

厚労省の迅速な対応の背景には、十数年前をピークに合成カンナビノイド(大麻成分)を含む危険ドラッグ「スパイス(脱法ハーブ)」が世界に蔓延し、日本でも急性中毒や死亡事故が多発していたことも関係していそうです。

スパイスはハーブ製品に合成カンナビノイドなどを添加したもので、実際には大麻に似た精神作用を得るために摂取するにもかかわらず、表向きはアロマオイルやバスソルト、ポプリなどとして販売されていました。安価でおしゃれな見た目をしていたことから、若者が興味本位で手を出す例も少なくありませんでした。

登場後、数年間は麻薬成分が分からずに規制が後手に回りましたが、09年に初めて合成カンナビノイドと同定されると、年内に規制薬物に認定されました。ただし、特定の化学物質が法規制されると、すぐに合成カンナビノイドの構造を少しだけ変えたスパイスが現れて乱用が防げなかったことから、13年にナフトイルインドールを基本骨格とする 775 種の合成カンナビノイドが薬物規制では初となる「包括指定」の対象となりました。

近年、スパイスはやや下火になりましたが、諸外国の薬物乱用の状況はさらに悲惨になっています。

アメリカでは、致死量が2ミリグラム(おおむね米1粒の10分の1の重さ)の薬物フェンタニルの乱用が、2000年代に入ってから大流行しています。

もともとはモルヒネの100倍の効果がある即効性の鎮痛・鎮静薬として医療現場で使用されていましたが、多幸感をもたらす薬物として注目され乱用されるようになりました。過剰摂取すると錯乱や呼吸の抑制・停止が起こり、やがて昏睡、死に至ります。著名人では、人気ミュージシャンのプリンスが16年にフェンタニルの過剰摂取によって死亡しています。

米疾病対策予防管理センター(CDC)の統計によると、薬物乱用による死亡者は21年に10万7622人に上り、その約3分の2に当たる7万238人はフェンタニルが原因です。アメリカは21年に銃による死亡者が約4万8000人と過去最高を記録しましたが、薬物乱用による死亡者はその2倍以上でした。

「クロコダイル」中毒者がロシアに推定100万人

ロシアでは、世界最悪の薬物と呼ばれている合成麻薬「クロコダイル」が低所得層を中心に蔓延しています。

クロコダイルの主成分はデソモルヒネで、モルヒネの8~10倍の効果がある即効性の鎮痛・鎮静薬です。2010年頃からインターネットで合成レシピが広まったことで、1回分100ルーブル(約160円)程度で、コデインを含む市販の咳止め薬とガソリンなどを材料として自宅で粗悪なデソモルヒネを密造することが流行しました。

密造されたデソモルヒネは不純物のため強い腐食性や毒性を持ち、使用者の皮膚がワニのように黒や緑に変色することから「クロコダイル」と名付けられました。常習すると注射部位の血管が破壊されて血流が停止し、筋肉が壊死します。骨までむき出しとなった常習者の平均余命は2年程度と言います。

ロシアの「ノーヴィエ・イズヴェスチヤ」紙に11年に掲載された記事によると、当時は過去2年間にロシア全土で5000~7000人がクロコダイルの摂取によって死亡したと見られるそうです。現在もロシア国内には約100万人のクロコダイル中毒者がいるという推定もあります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、凍結資産巡りEU批判 「主要産油国の外

ビジネス

金利を変更する理由ない、政策は当面安定推移=スペイ

ワールド

仏上下両院合同委、予算妥協案で合意できず 緊急立法

ワールド

プーチン氏、「ウクライナ和平条件変わらず」 年末会
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 7
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story