コラム

月の裏側で巨大な発熱体を発見 35億年前の月は地球環境に似ていた可能性が指摘される

2023年07月18日(火)18時10分

今回の研究の舞台は、月の裏側にあるコンプトンクレーターとベルコビッチクレーターの間にある「コンプトン・ベルコビッチ地域」です。この地域には、約35億年前に活動を止めた多数の火山が集まっています。月の火山は、かつては全球で約30億年前には活動を止めて冷え切ったと考えられていましたが、21年に中国科学院の研究チームが「嫦娥5号」で回収した月面の土壌サンプルを分析して、約20億3000万年前に噴出したと考えられる火山岩を見つけています。

コンプトン・ベルコビッチ地域は、古い地殻を保存しているというだけでなく、「周囲とは異なる場所」として、10年以上前から注目されていました。

月面の元素組成や濃度分布は、月周回衛星によって全球のデータが取得されています。とくに放射性同位元素であるウランやトリウムなどは、かつて「かぐや」によって濃度分布の全球マップが作成されました。

そのマップによると、コンプトン・ベルコビッチ地域は月の裏側では突出してトリウムが多く存在する場所でした。トリウムは溶けたマグマ( "岩石のもと"が溶けた状態になっているもの)に集まりやすいので、最後まで溶け残ったマグマが月面近くで冷えて岩石となったことでトリウムの濃い領域が形成されたと考えられました。つまり、コンプトン・ベルコビッチ地域は火山活動によって作られたということですが、周辺の古い火山との違いはどこにあるのかなどの詳細は分からないままでした。

巨大物質は放射性元素を多く含む花崗岩

今回、サザンメソジスト大の研究者らは、「ルナー・リコネサンス・オービター」や「嫦娥1号」「嫦娥2号」の衛星データを使って、コンプトン・ベルコビッチ地域の詳細な分析を試みました。

するとマイクロ波を用いた地熱勾配の観測で、同地域が周囲と比べて10℃も高くなっていることが明らかになりました。さらに、重力加速度測定によって地下には最大直径が約50キロメートルの巨大な物体があることが分かりました。この物体が発熱していたのです。

月の火山活動は最新の研究でもすでに終わっているとされているので、発熱する物体は高温のマグマとは考えられません。研究論文の筆頭著者であるマシュー・シーグラー博士は、妻で地球化学者であるリタ・エコノモス博士らの協力を得て、さまざまな可能性を検討しました。その結果、巨大な物質は花崗岩(かこうがん)で、岩石中に含まれる放射性元素の崩壊に伴う熱によって高い温度になっていると結論づけました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアがウクライナに無人機攻撃、1人死亡 エネ施設

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story