コラム

月の裏側で巨大な発熱体を発見 35億年前の月は地球環境に似ていた可能性が指摘される

2023年07月18日(火)18時10分

花崗岩とは、神社の鳥居や墓石に使われる「御影石(みかげいし)」のことです。マグマが火山として一気に噴出するのではなく、ゆっくりと冷えて固まることで形成されます。地球では、巨大なマグマ溜まりが複数の火山にマグマを供給しながら残留物中に多くのトリウムやウランが濃縮されていき、残りものが冷えて花崗岩に変化するケースも観察されています。

花崗岩と放射性元素の関係の特徴は、私たちの身近でも見られます。日本では、花崗岩が広く分布している西日本のほうが東日本よりも自然放射線が多いことが知られています。花崗岩中の放射性元素の中でもトリウムは半減期が140億年と長いため、高濃度のトリウムを含む花崗岩は何十億年間にもわたって放射線(α線)と崩壊に伴う熱を放出し続けます。研究者たちはコンプトン・ベルコビッチ地域でも同じことが起きていると考えたのです。

ただし、月の地下に巨大な花崗岩の塊があるとすると、別の謎に説明をつけなくてはなりません。というのも、花崗岩は地球ではありふれた岩石ですが、太陽系内では地球以外の星では巨大な岩塊を作ることは不可能とされています。花崗岩の形成には、大量の水や地球のようなプレートテクトニクスが必要と考えられてきたからです。

「月に巨大な花崗岩」の2つの仮説

実際に、1971年に月面着陸したアポロ14号が持ち帰った「月の石」の一部で花崗岩の痕跡が見つかった時は、「月の石ではありえないので、この石は大昔に地球から月に飛んでいった隕石なのではないか」という議論も起こりました。

そこで、シーグラー博士らは、月に巨大な花崗岩があることを説明するために、①コンプトン・ベルコビッチ地域が形成された35億年前の月は地球に似た環境だった、②花崗岩の形成には今までに知られていない方法がある、という2つの仮説を立てました。

前者の場合は、過去の月には局所的だとしても大量の水があったことが示唆されます。後者の場合は、「花崗岩がマグマから生成される」という現在受け入れられている説とかつて競った「岩石が高温高圧にさらされると、液体状態のマグマを経ずに花崗岩に変成する」という説が復活するかもしれません。ただし、隕石の影響を受けやすい月面だけでなく、地下深くに巨大な花崗岩が形成できることを説明するためには、さらなる議論が必要です。

今回の研究成果が正しければ、火星や金星といった岩石惑星の研究や地質学そのものを大きく発展させる可能性があります。解明のためには月探査衛星によるサンプルリターンだけでは足りず、月面基地を作った上での掘削が必要になりそうです。

アルテミス計画では、30年頃の月面基地建設を目指しています。順調に計画が進めば、10年内に35億年前の月の姿が明確に説明できるようになるかもしれません。

ニューズウィーク日本版 トランプのイラン攻撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月10号(3月3日発売)は「トランプのイラン攻撃」特集。核・ミサイル開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。アメリカとイランの全面戦争は始まるのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン紛争、アルミ業界にも影響拡大 カタール製錬所

ワールド

米、イランで自爆型ドローンを初投入 披露からわずか

ワールド

トランプ氏、英首相は「チャーチルではない」 イラン

ワールド

ラトニック米商務長官、エプスタイン問題巡り証言へ 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び率を記録した「勝因」と「今後の課題」
  • 4
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 5
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 6
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 7
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 8
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 9
    イランへの直接攻撃は世界を変えた...秩序が崩壊する…
  • 10
    「日本食ブーム」は止まらない...抹茶、日本酒に「あ…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 10
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story