コラム

超音波照射でマウスが休眠状態に 「冷凍睡眠」より手軽に医療、宇宙旅行に応用可能か

2023年06月21日(水)08時55分
マウス

超音波でマウスの脳を刺激した結果、冬眠に近い状態に変化した(写真はイメージです) D-Keine-iStock

<脳に超音波を照射することで冬眠のような低代謝状態に──マウスとラットを対象にした米セントルイス・ワシントン大ホン・チェン教授らの研究チームの実験と、その応用の可能性について概観する>

人体を低温状態に保って老化を防ぐ「コールドスリープ(冷凍睡眠)」は、SF小説では難病にかかっている人が未来の医療技術進化に期待したり、長期間の宇宙旅行をしたりする時に用いられる方法として登場します。

現実世界では、人為的な長期冷凍保存から蘇生した人は未だいませんが、人への応用を視野に入れた動物の冬眠・休眠のメカニズムの研究は熱心に続けられています。

米セントルイス・ワシントン大のホン・チェン教授らの研究チームは、マウスやラットの脳に超音波を照射することで、冬眠のような低代謝状態にすることに成功したと発表しました。研究成果は5月23日付の学術誌「Nature Metabolism」に掲載されました。

低温ではなく超音波で代謝を抑制する技術は、今後、どのように発展していく可能性があるのでしょうか。コールドスリープの研究の歴史とともに、概観します。

ヒトは冬眠しない動物だけど...

まずは、哺乳類の休眠(torpor)と冬眠(hibernation)の違いについておさらいしましょう。

哺乳類は、37℃前後の体温を保つように代謝が制御されています。けれど、一部の動物種では、食料が極端に不足したり気温が過度に下がったりすると、身体が危機的な状況と判断して代謝を下げてエネルギーを節約します。このとき、動物の体温は通常では組織や臓器の障害が生じるような低温にまで下がり、心拍や呼吸も大幅に低下します。

この制御された低代謝システムは、休眠と呼ばれます。低温かつ食べ物が少なくなる冬季に行われる、長期の休眠が冬眠です。

もっとも、一般的に冬眠するとされるクマなどの動物が行うのは「冬ごもり」で、通常の睡眠に近い状態です。10月から4月頃まで真の冬眠をするシマリスは、体温が37℃から4℃程度まで下がり、呼吸も1分間に100回程度から2、3分に1回になります。冬眠中の動物が、なぜ低温や低代謝に耐えられるのかは未だよく分かっていません。

ヒトは本来、冬眠しない動物です。けれど、雪山で遭難した人が脳機能障害などを伴わずに生還した場合、冬眠状態になっていたのではないかと推測されることもあります。

2012年2月、ロイター通信は、スウェーデン北部のウーメオ近辺で45歳の男性が雪に埋もれた車から救出されたと伝えました。報道によると周囲の気温はマイナス30度で、男性は約2カ月間、食料のない状態で少量の雪だけを口にしたといいます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story