コラム

バイオ3Dプリンターで指の神経再生に成功 臓器移植にアンチエイジング、代替肉での活用も常識に?

2023年05月10日(水)13時20分

そこで研究チームは、学内の治験審査委員会や医薬品医療機器総合機構(PMDA)に必要な手続きを行い、「末梢神経損傷を対象とした三次元神経導管移植による安全性と有効性を検討する医師主導治験」を開始しました。

対象となったのは、指や手首を誤って刃物で切ったために神経を傷つけて、痛みが残ったり指先の感覚が異なってしまったりした30~50代の男性3人です。自分自身の細胞からバイオ3Dプリンターを使って約2カ月かけて神経導管を作製し、それを患部に移植して約1年間、経過観察をしました。

その結果、移植した導管の内部を神経が伸びて再生したことが確認されました。患者に対する手や指の知覚機能検査や神経障害の予後評価の成績も、正常レベルまで回復していました。実際に3人の患者は「痛みがかなりよくなり、指先の感覚がほぼ通常に戻った」などと話しており、全員が仕事を元の通りにできるようになったといいます。

池口准教授は「末梢神経の損傷で仕事ができなくなり、苦しんでいる患者はたくさんいる。新しい治療法の一つとして、社会復帰につなげたい」と話しています。今後は、再生医療等製品として実用化を目指します。

世界的に注目される「剣山メソッド」

国内でバイオ3Dプリンターを用いた再生医療研究をリードしているのは、今回の研究にも携わった佐賀大医学部再生医学研究センター長の中山功一教授のグループです。同グループは19年に、バイオ3Dプリンターで作製した「細胞製人工血管」を世界で初めてヒトへ移植する臨床研究を始めました。

バイオ3Dプリンターを用いた研究は世界で100以上の研究室や企業が取り組んでいますが、中山教授のグループは「剣山メソッド」と呼ばれる独自の方式に特徴があります。文字通り、生け花の剣山に似た形状の微細な針が並んだ特殊なデバイスに細胞の塊をロボットが刺していくことで、外科的な操作に耐えられる強度を持った細胞構造体をバイオ3Dプリンターで作る手法です。

剣山メソッドは世界的に注目されています。中山教授は21年には総合学術誌「Nature」などを出版しているSpringer Nature社からの依頼で、剣山メソッドを利用する研究者とともに「Kenzan Method for Scaffold-Free Biofabrication」を出版しました。

いっぽう世界を見回すと、バイオ3Dプリンターを使った最新の研究には、米スタンフォード大のバイオエンジニアリングチームによる「幹細胞を使用した心臓組織をプリントする手法」などがあります。

これまではバイオプリンティングで心臓を作ろうとすると1秒間に1000個の細胞をプリントしたとしても1000年以上かかる計算でしたが、同大のマーク・スカイラースコット助教のチームは、数千の細胞の塊(オルガノイド)でプリントすることで加速する手法を考案しました。

スカイラースコット氏は「この手法を用いれば、5年以内に心臓弁をヒトに移植できるようになる」と考えていますが、心臓全体のバイオプリンティングの成功には少なくとも20年はかかりそうだといいます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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