コラム

「最悪のシナリオ」検討──太陽フレア対策に日本政府も本腰

2022年12月13日(火)11時20分

人工衛星関連では、GPSや天気予報の精度が低下し、特に位置情報には最大数十メートルのずれが生じて、カーナビや地図アプリ、自動運転にも大きな影響が出る可能性があると推定されます。

とりわけ航空機では、衛星測位や航空管制レーダーの精度が低下するため、世界的に運航の見合わせや減便が予想されます。さらに運航できたとしても、高緯度や高高度を通ると増加した放射線による被爆リスクが高まるため、迂回ルートを通らざるを得なくなり、時間や燃料のロスが増加すると言います。

電力設備では、保護装置の誤作動が起きたり、変圧器が加熱によって壊れたりするため、広域停電のおそれがあります。同報告書は、電力供給の途絶や逼迫によって、社会経済や全産業が広範囲に影響を受けると指摘しています。

自然災害に対しては、発生を止めたり事象自体を軽減させたりすることは、ほぼ不可能です。太陽フレアについても、政府は「予報の精度の向上」と「認知度のアップと発生時の周知」によって、被害に対する準備と軽減を目指しています。

新たな自然災害を正しくおそれよ

日本独自の太陽フレア観測センサーは、昨年より開発されており、「ひまわり9号」の後継機の製造も今年度中に着手される見込みです。新たな気象衛星は、地球と宇宙の天気を同時に観測することになります。

また、大規模太陽フレアによる被害は、産業界や一般市民には未だにリスクとして十分に認知されていないのが実情です。

宇宙天気予報は専門用語が多いため、分かりやすい言葉に噛み砕く必要があります。総務省は今年度にも「太陽フレアに関する警報制度」を創設し、通信、電力、放送など各分野に基準を設けて「通常」「注意報」「警報」などの形で情報発信を始める予定です。さらに、NICTに「宇宙天気予報オペレーションセンター(仮称)」を設置したり、「宇宙天気予報士」制度を創設したりすることも視野に入れています。

太陽フレアの脅威は、20世紀後半以降に宇宙や放射線、素粒子物理学に関する研究や科学技術が進んだことで意識されるようになりました。その後、人類が大規模な電力網を築いたり、人工衛星を使って通信や測位システムを発展させたりしたことで問題化した、新たな自然災害と言えるでしょう。

日本は世界有数の防災対策国です。宇宙環境も視野に入れた防災政策でも、国際的にリードする立場になることを期待しましょう。

ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

11月企業向けサービス価格、前年比2.7%上昇 前

ビジネス

金現物、1オンス=4500ドルを初めて突破

ワールド

ベネズエラが原油を洋上保管、米圧力で輸出支障 タン

ワールド

トランプ氏、エプスタイン氏自家用機8回搭乗 司法省
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story