コラム

「最悪のシナリオ」検討──太陽フレア対策に日本政府も本腰

2022年12月13日(火)11時20分

大規模な太陽フレアが引き起こす地球への悪影響は、到達する電磁波や物質によって、①8分後、②30分~2日後、③2~3日後の3段階に分けて考えられます。

第1段階は、光の速さで地球に届くものによる影響です。太陽フレアの観測と同時に、X線や紫外線などの強い電磁波によって、特に昼間側の地域で、短波通信に障害が起きやすくなります。すると、携帯電話や放送、防災無線などの利用に影響するおそれがあります。さらに、カーナビなどのGPS(衛星測位システム)の精度が落ちたり、空港管制レーダーにも不具合が現れ始めたりもします。

第2段階は、高エネルギー粒子が地球に到達することによって、特に北極・南極地域に悪影響が見られます。人工衛星の内部回路が故障するリスクや、ISS(国際宇宙ステーション)の宇宙飛行士や航空機に乗っている人たちが通常よりも多く放射線を浴びる可能性が高まります。

第3段階は、CME(コロナ質量放出)の影響が全地球規模で現れます。CMEは、太陽から惑星間空間にプラズマの塊が放出される現象です。プラズマは電気を帯びたガスで、太陽から秒速1000キロ近いスピードで飛び出すこともあります。地球を直撃すると大災害になるおそれがあり、直撃しなくても人工衛星が帯電することで軌道に影響を受けたり、地上の送電線に影響して電力供給にトラブルが起きたりする可能性があります。

大規模な太陽フレアの発生により、89年3月にはカナダで約9時間にわたる大規模停電が発生し、約600万人に影響が出ました。22年2月には太陽フレアによって発生した「磁気嵐」の影響で、実業家イーロン・マスク氏が率いる宇宙企業・スペースX社が打ち上げた人工衛星49基のうち40基が機能を喪失し、大気圏に突入しました。

天気予報の精度は低下、自動運転にも支障

22年6月に総務省の「宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会」が公表した報告書では、100年に1回の頻度で起きるとされる大規模な太陽フレアが2週間連続で発生する「最悪シナリオ」を想定して、悪影響を考察しています。日本において、ある自然災害に対して全分野に渡って最悪シナリオを策定する試みは初めてとのことです。

通信や放送は2週間、断続的に不通となります。個人では携帯電話での通話やネット接続が使用し難い状況になるだけでなく、110番や119番などの緊急通報が全国的につながりにくくなると言います。防災無線や船舶無線にも影響し、災害や遭難事故での救助要請が困難になります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

情報BOX:パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRB、利下げ再開 雇用弱含みで年内の追加緩和示唆

ビジネス

FRB独立性侵害なら「深刻な影響」、独連銀総裁が警

ワールド

核問題巡り平行線、イランと欧州3カ国が外相協議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story