コラム

中国が月の新鉱物「嫦娥石」を発見 新種認定のプロセスと「月の石」の歴史

2022年09月20日(火)11時25分
月面

月面試料の分析により太陽系初期の状態を知ることができる(写真はイメージです) hakule-iStock

<中国はアポロ計画の米国、ルナ計画の旧ソ連に続く月から新鉱物を発見した3つ目の国に。鉱物が新種と認定されるまでの手順、ユニークな命名方法を紹介する>

中国国家航天局と国家原子力機構は9日、月無人探査機「嫦娥(じょうが)5号」が2020年12月に月面から持ち帰った土壌から見つかった鉱物が、新種と認定されたと発表しました。

中国が月から新鉱物を発見するのは初めてで、米国のアポロ計画、旧ソ連のルナ計画で見つかったものに続いて3カ国目となりました。

新鉱物は「嫦娥石(Changesite)」と名付けられました。03年より開始された中国の月探査プロジェクト「嫦娥計画」の由来ともなった、中国神話で月に住むとされる仙女に因んでいます。

鉱物が新種と認定される手順と、「月の石」の歴史を概観しましょう。

新鉱物と認定されるまでのプロセスと、名前の付け方

鉱物は、大雑把に言えば「一種類だけでできている石」のことです。自然界に存在する物質のうち地質作用で作られたもので、ほぼ一定の化学組成と結晶構造を持つ無生命の均一物質を指します。

現在5000種以上が知られており、今でも毎年数種の新鉱物が発見されています。ちなみに一般に見られる「石ころ」は、通常は複数の種類の鉱物でできていて「岩石」と呼ばれます。

新鉱物として認められるには、国際鉱物学連合(IMA)の新鉱物・鉱物・命名分類委員会(CNMNC)に申請を行い、審査を通過する必要があります。

申請のためには、その鉱物の産状、化学組成、結晶構造などを詳細に分析し、名称案と共に書面にして提出しなければなりません。申請書の内容は、世界各地から選ばれた約40名の鉱物学者が2カ月程かけて厳しい審査をします。最終的に、過半数の委員が参加した投票で3分の2以上の賛成を得られると、新鉱物として認定されます。

新鉱物の名前は、多くの場合は申請者(分析して新鉱物と確信した人)の名前に因んで付けられるのではなく、過去の著名な鉱物学者や申請者の恩師、最初に見つかった場所の地名に由来します。

たとえば、日本で1974年に発見された新鉱物「杉石(Sugilite)」は、山口大名誉教授の村上允英博士らが分析に成功してIMAに申請しましたが、名前は恩師の杉健一博士の名前に因んで鉱物名を付けました。「鉱物学者の夢の一つは、優秀な弟子を育てて新鉱物に自分の名前を付けてもらうこと」などと語られることもあります。

嫦娥石の発表とほぼ同時に、日本でも新鉱物認定のニュースがありました。東京大学物性研究所はアマチュア鉱物研究家と共同して、北海道で産出する「砂白金」から白金と銅を主成分とする新種を発見しました。名前は発見地にちなんで「苫前鉱(とままえこう、Tomamaeite)」と付けられました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米マスターカード、第4四半期利益が予想上回る 年末

ワールド

米首都近郊の旅客機と軍ヘリの空中衝突、空域運用の課

ワールド

ブラジル大統領、米が関税賦課なら報復の構え

ワールド

米旅客機空中衝突事故、生存者なしか トランプ氏は前
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 5
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story