コラム

中国が月の新鉱物「嫦娥石」を発見 新種認定のプロセスと「月の石」の歴史

2022年09月20日(火)11時25分

嫦娥5号は、月の土壌試料を1731グラム持ち帰りました。中核集団核工業北京地質研究院のイノベーションチームが、約14万個の粒子の中から約10マイクロメートルの嫦娥石の分離と結晶構造の解析に成功しました。柱状結晶で、化学組成から見るとリン酸塩鉱物の一種で、カルシウムやイットリウム、鉄を含んでいます。月の玄武岩の粒子の中から見つかりました。

月面で見つかった石、月から飛来したと考えられる石は「月の石(lunar rock)」と総称されています。

これまでに人類が手にした月の石には、①アポロ計画で持ち帰ったもの、②ルナ計画で持ち帰ったもの、③嫦娥5号が持ち帰ったもの、④隕石として地球に落下したものがあります。

①から③の月面試料は、ロマンや達成感のために採取したわけではありません。地球では大気や水、地殻活動によって見えにくくなっている数十億年前の状態がよく保存されており、月試料を分析すると太陽系初期の状態を知ることができるという科学的な意義があります。

46年ぶりの持ち帰り成功

月の石を初めて持ち帰ったのは人類初の月着陸に成功したアポロ11号で、69年7月のことです。月を歩行した2人の宇宙飛行士、アームストロングとオルドリンによって、20キロ以上が採取されました。アポロ計画では17号までの計6回(アポロ13号は月着陸を断念)で月の石を採取し、総重量で382キロにもなりました。

月で見つかった新鉱物のうち、3種はアポロ11号が持ち帰った試料から分離されています。アーマルコライト(armalcolite)は、チタンが豊富な酸化鉱物です。月面の「静かの基地(アポロ11号の着陸地点)」で採取された試料から見つかった鉱物で、乗船していたアームストロング (Armstrong)、オルドリン (Aldrin)、コリンズ (Collins、月着陸せずに司令船の操縦をしていた) の3名の宇宙飛行士にちなんで命名されました。

その他、ジルコニウムやチタンを含むケイ酸塩鉱物のトランキリティアイト (Tranquillityite)、鉄とカルシウムを含むケイ酸塩鉱物のパイロクスフェロアイト(Pyroxferroite)も同時に見つかりました。

次に月の石を持ち帰ったのは、ルナ計画の無人探査機ルナ16号(70年9月)です。同20号、24号でも月の土壌を載せたカプセルが地球に無事帰還し、3機で301グラムのサンプル・リターンに成功しました。

月で見つかった新鉱物として、アポロ14号の着陸地点から採取された酸化灰ベタフォ石(oxycalciobetafite)や、ルナ24号の着陸地点から採取された酸化ウラノベタフォ石(oxyuranobetafite)の名前が挙がることもあります。けれど、化学組成のみで結晶構造が不確定なため、新種とは認められないという考えが主流です。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送-解任後に自殺のロシア前運輸相、横領疑惑で捜査

ビジネス

中国5カ年計画、発改委「成果予想以上」 経済規模1

ワールド

焦点:マスク氏の新党構想、二大政党制の打破には長く

ビジネス

6月工作機械受注は前年比0.5%減=工作機械工業会
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワールドの大統領人形が遂に「作り直し」に、比較写真にSNS爆笑
  • 4
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story