コラム

倫理をAIで科学する エクサウィザーズ社長石山洸

2018年03月16日(金)19時30分

──なるほど「礼」は行動なので「バイオ」、「仁」は人間関係なので「ソーシャル」、「仁」を「goodness」とみなせば「サイコ」とも考えられることができますね。

石山 ただこれまで、仁や礼という概念は、データで可視化されてこなかった。なので、どういうメカニズムになっているの分かりにくかったのですが、囚人のジレンマの事例で見てきた通り、AIを倫理研究に利活用することで、どのような行動様式をとった時に、どのような人間関係になったのか、その因果関係が説明できるようになります。つまり、倫理の世界がエビデンス・ベースドになるわけです。

──武道や、茶道、華道など、日本の「道」がつく文化には、形から入るものが多いですものね。わけがわからない動作も多い。それでも、理由を聞かずに、とりあえず形を真似する。形を繰り返す中で、いつのまにか人格を高めたり、悟りに近づいたりできる。そう信じて形を真似することが多い。まあデータを取って因果関係を説明することができなかったので、ただ真似するしかなかったと思うんです。でもAIを使うことで、そうした因果関係が解明されるかもしれないわけですね。

人工知能から影響を受け、乱世の時代に発展する倫理学

石山 解明するだけではありません。新しい倫理の形をAIが提案してくれるようになるかもしれません。紀元前から時間をかけて発展してきた囲碁の世界では、人工知能を使って新しい定石を発見することができました。

──AlphaGOが韓国の囲碁のチャンピオンを打ち負かした話ですね。ドキュメンタリー映画を見たのですが、中盤戦でAlphaGOが打った手を見て、実況中継していた評論家たちが一斉に「AlphaGOが打ち手を間違った!」と叫んでいました。だれも見たことがない手を打ってきたので、仕方がないかもしれません。でも結局はその打ち手が決め手となりAlphaGOが勝利してしまいます。AlphaGOは自分自身と何百万回も対戦することで、これまでの定石にはないような打ち手を見つけてきたわけです。試合後の記者会見で、チャンピオンのリ・セドル氏が「AlphaGOの打ち手は斬新だった。AIにはクリエイティビティがないと思っていたが、クリエイティビティがないのは、何千年も同じ定石だけを研究してきた人間のほうだ」と語っていたのが印象的でした。

石山 そうですね。囲碁と同様に儒教は紀元前に生まれました。紀元前500年頃、春秋・戦国時代という乱世の時代において、戦争を失くすための倫理感として生まれてきたわけです。まさに、今、再び乱世の時代が起きようとしているこの時代に、エビデンスベースの倫理でどのように、新しい倫理の定石を科学的に見つけるのか。孔子2.0でないですけれども、21世紀の乱世の時代に「人工孔子」をどのようにバージョンアップして復活させるのか。人工知能を科学兵器に活用しないという受動的な姿勢ももちろん大事ですが、ビッグデータとAIを利活用しながら、新しい倫理の可能性を実証実験を通じてデザインしていくという能動的な姿勢も、人工知能の研究者の役割と言えるのではないでしょうか。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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