コラム

武田の時代から現代までが混ざり合う甲府を歩く

2019年10月04日(金)15時00分

◆時間と空間を凝縮した甲府駅北口の風景

今回は、スタートが正午過ぎと遅かったため、甲府駅に着いた頃には夕暮れ時を迎えていた。武田神社側の北口は、2010年以降に再開発された新しいエリアで、江戸時代〜昭和初期の甲府の町並みを再現した「甲州夢小路」が線路沿いに広がる。まさに、武田の時代から現代までの時間軸が複雑に絡み合った甲府という街を凝縮した空間である。

思えば、日本の国土そのものが、時間と空間のごった煮的な様相を呈しているとも言える。日本の風景は同じように歴史あるヨーロッパと比べて、ごちゃごちゃしていて汚いという指摘が多い。それは一面で事実であろう。絵葉書やカレンダーにするような町並みを日本で撮影するのはとても難しい。だからこそ、「甲州夢小路」のような作られた町並みが成立する(パリやベネチアに同様のものができうるか想像してみてほしい)。旧市街と新市街がはっきりと分かれ、文化財の保護が「面」としての町並み全体を意識して行われている欧州と、個別の神社仏閣ごとに「点」で行われている日本の違いだと言えよう。

だからと言って、僕は決して日本を卑下しているわけではない。ことストリート(街頭)スナップ写真を撮るカメラマンの観点から言わせてもらえば、整いすぎた欧州の古都よりも、日本の大都市の方がずっと面白い。この甲府もそうだが、古いものと新しいもの、豊かなものと貧しいものなどが混沌と混ざり合い、融合して一つの都市空間を形成している。写真が風景を「切り取る」性質のものである以上、「面」の広がりを持つ町並みよりも、「点」で雑多なものを分解して捉えられる日本の町の方が、写真家的にはずっとエキサイティングである。

7R402867.jpg

甲府駅北口に再現された明治時代の町並み、昭和のガスタンクとマンション

7R402917.jpg

「甲州夢小路」から線路を挟んだ先に武田氏滅亡後の中心となった甲府城跡が見えた

◆人口が一番少ない県庁所在地

駅の南側には甲府城跡の「舞鶴城公園」があり、近隣に県庁と繁華街がある現代の中心市街地が広がる。本丸跡の高台に上りたい気持ちもあったが、日が暮れる前に甲府市街を抜けたかったので先を急いだ。

蓼科高原の自宅から最も近い県庁所在地がこの甲府である。ふだん暮らしている山の中と比べれば大都会なのだが、実は、全国の県庁所在地の中で甲府が最も人口が少ない(約18万9千人)。46位の鳥取市が約19万人でほぼ同規模なのだが、遥か30年以上前に訪れた鳥取駅前は、その頃住んでいた東京の住宅地の私鉄駅前よりずっとこじんまりとして見えた。当時の鳥取は東京との比較、今の甲府は蓼科との比較であることを割り引いても、やはり甲府の方がずっと都会に見えるのはなぜだろう。蓼科から見て反対側にある都会である松本市も、人口約24万人と甲府よりだいぶ多いのだが、僕の感覚では、「都会っぷり」がどうも逆なのである。

dc01d0a59da4.jpeg

懐かしさを感じる甲府駅南側の繁華街

こうして甲府盆地を横切って歩いてくると、甲府盆地全体にほぼ切れ目なく市街地が広がっているのが実感できる。つまり、甲府市を中心に10以上の市町村が形成する「甲府都市圏」で捉えれば、人口は60万人余りであり、15位の静岡市と16位の鹿児島市の間に割って入る規模になる。今回は、実は、次回のテーマを考えてゴール地点を予め定めていたのだが、その「昭和町風土伝承館・杉浦醫院」も、中央自動車道の甲府市中心部に最も近い甲府昭和インターのそばにありながら、隣の昭和町に位置する。

そんなわけで、日暮れと共に鉄塔が立ち並ぶ郊外住宅地に突入。都市圏全体でみればそこそこの規模の町の郊外である。人の生活の臭いがしっかりと染み付いた温かみが町全体に広がり、古き良き昭和の記憶と重なる。東京からルートの目安として歩いてきた国道20号と久々に対面したところで甲府昭和インターチェンジを経て、目標地点に到達した。その「昭和町風土伝承館・杉浦醫院」は、武田信玄の戦いと共に、甲府盆地の人々が経験した知られざるもう一つの激戦の記念館である。次回は、その話を中心に、歩みを進めていきたい。

7R403231.jpg

夕暮れ時の甲府の町のひとコマ

7R403359.jpg

昭和町に入ると一気に鉄塔が立ち並ぶ郊外住宅地の様相になった

7R403457.jpg

ゴール地点の「昭和町風土伝承館・杉浦醫院」にて。次回のメインテーマがここに展示されている

map3.jpg

今回歩いたコース:YAMAP活動日記

今回の行程:甲斐善光寺 − 昭和町風土伝承館・杉浦醫院(https://yamap.com/activities/4620644)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=16.7km
・歩行時間=7時間39分
・上り/下り=352m/355m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動

ビジネス

必要なら利上げも、インフレは今年改善なく=ボウマン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story