コラム

韓国人留学生だった私しか知らない中曽根元首相の素顔

2020年01月24日(金)19時40分
李 娜兀(リ・ナオル)

首相就任直後に「留学生10万人計画」を打ち出した中曽根氏 TOSHIYUKI AIZAWA-REUTERS

<日米関係の強化などの外交手腕を評価された中曽根氏――その一環として打ち出された「留学生10万人計画」は脈々と引き継がれ、今日の日本に至る>

新年初コラムです。今年もよろしくお願いいたします。

2019年を振り返ると大きな事件がたくさんあったが、私にとって忘れられない出来事の1つは11月末に中曽根康弘元首相が101歳で亡くなったことだ。

日本外交史からすると中曽根氏は、それまで日本政府が曖昧にしようとしていた日米同盟の「軍事的」意味をはっきりさせ、米ソ冷戦構造の中での日本の地位を西側の一員として確立させた首相だ。実際の表現は少し違ったそうだが、中曽根氏が言ったとされた「日本は太平洋に浮かぶ不沈空母」という言葉は有名だ。

アメリカとの協力を強化しつつ、日本の自主性も追求した「中曽根外交」は、私が日本外交に興味を持ったきっかけの1つだった。実は大学院生だったころ、中曽根氏に直接お会いしてお話をうかがったことがある。

そのころ私は、武器輸出三原則による制約の中で、アメリカに対する武器技術供与を認めた中曽根氏の決断について論文を書こうとしていた。しかし公開資料は少なく、どのように調査を進めたらいいのかもよく分からず、とても困った。そこで、ほとんどわらにもすがる思いで知人を通じて中曽根氏に質問の手紙を出した。2004年のことだ。

相手を尊重する姿勢にあふれていた

事前の予想とは裏腹に、すぐに中曽根事務所から「お会いしましょう」との返事が来た。国会近くの事務所を訪ねたとき、テレビや新聞を通じてしか知らない大物政治家に日本語で質問しなければならないということで、どれほど緊張したか。

言葉に詰まっていると、「あなたは韓国からの留学生? 私は日本の首相として初めて韓国を訪問したんだよ」。中曽根氏は、そうにこやかに語り掛けて、私の緊張をほぐし、韓国についての思い出などを挟みながら、私がちゃんと聞きたいことが話せるように誘導してくれた。時には私に質問もし、答えにも興味深そうに耳を傾けるなど、相手を尊重する姿勢にもあふれていた。

事前の手紙で主な関心事項をお伝えしていたので、準備もしてくださったのだろう。中曽根氏は私の質問に対して、当時の情景描写とともに、次々と具体的な人名を挙げた。卓越した記憶力に感銘を受けたし、そのおかげでその後、当時の秘書官や関係省庁の方々に話を聞くことにもつながった。こうした調査は普通、実務者から話を聞き、最後にトップにたどり着くものだが、私の場合はまるで逆になってしまったのだった。「韓国からも、他の国からも、もっと多くの留学生に日本に来てほしいんだよ」。インタビューの場で、そう励まされたことも強く印象に残っている。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ミャンマー内戦、国軍と少数民族武装勢力が

ビジネス

「クオンツの帝王」ジェームズ・シモンズ氏が死去、8

ワールド

イスラエル、米製兵器「国際法に反する状況で使用」=

ワールド

米中高官、中国の過剰生産巡り協議 太陽光パネルや石
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 7

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 10

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story