コラム

ベルリンのコワーキングスペースが隆盛な理由

2021年12月28日(火)17時08分

コワーキングのトレンド

ドイツの巨大企業でありながら、顧客としてもオーナーとしてもコワーキングのメリットを長年にわたって認識しているのがドイツ鉄道(Deutsche Bahn AG、略称:DB)である。DBは、20万人以上の従業員を抱えるドイツ最大の鉄道企業だが、ここ数年、ベルリンのさまざまなプロバイダーからコワーキングサイトのデスクやオフィス、さらにはスペース全体を借りている。

2018年末、同グループは自社の本社から目と鼻の先にあるポツダム・プラッツのWeWorkに「DB Digital Base」を設立した。DBのWeWorkオフィスは、9階建ての5000平方メートルの広さで、約250人の従業員がデジタル・イノベーションに取り組んでいる。

DBは単なるコワーキングスペースの顧客ではない。2015年には、グループ独自のコワーキングスペース「DB mindbox」をベルリンのヤノヴィッツ橋駅 (Bahnhof Berlin Jannowitzbrücke)のアーチの下に720㎡の敷地を設け、「駅に直結したスタートアップ」を売りに、DBの社員がスタートアップ企業と共同でデジタル・イノベーションに取り組んでいる。そして昨年8月、ベルリンのコワーキング市場にDBが本格参入してきたのである。

ベルリンの中央駅の10階にある「everyworks」は、個人旅行者や中心地でフレックスオフィスを探している企業をターゲットにしたDBのコワーキングスペースだ。このスペースは、DB社の従業員のためのものではなく、DBにとっては、コワーキングやフレックスオフィスの不動産の世界に参入する新しい事業である。

takemura20211228d.jpg

ドイツ鉄道の運営するコワーキングスペースeveryworksのHP画面

DBのような大手企業がコワーキングやフレックス・オフィスの世界に参入したからといって、コロナ後の世界がコワーキングスペースにとって確実な収益源になるとは限らない。ひとつには、パンデミックの影響で、潜在的な顧客がスペースを探す際に、より選択的になったことが挙げられる。今、人々は 「自分にはどんなオフィスや仕事環境が必要なのか」を真剣に考えていのだ

地下の宇宙船でハッカーが共同作業をしたり、ラップトップでラテを飲んだりしていた時代とは異なり、ベルリンのコワーキングスペース事業は、今や大企業との戦場となっているのだ。

ブランデンブルクのコワーキングスペース

一方、都市の労働環境と田舎の生活の融合も進んでいる。パンデミックが長引くほど、特に大都市では多くの人がホームオフィスにうんざりしている。それが、田舎のコワーキングスペースに向かう人が増えている理由である。

ベルリンから西へ車で約1時間半、ハヴェラント州のグロースヴディッケ(Großwudicke)への道に入ると、広い視界が広がる。都会の窮屈さや、終わらないパンデミックで、ホームオフィスに長時間閉じ込められた後の安堵感を取り戻せるのが自然の力である。

グロースヴディッケは、一見すると、古い煉瓦の建物と、新しく建てられた一戸建てが数軒ある普通の村で、緑の防音壁となる森の向こうには、高速列車ICEが走っている。しかし、そんな中、旧東ドイツ時代に建てられた建物に、今では現代のデジタルワーカーが入居している。

それが"Waldstatt (森林に覆われた場所)"という名前にふさわしいコワーキングスペースだ。最先端のテクノロジー、レンタルオフィスやレンタルワークステーション、大型スクリーンを備えたミーティングルームなど、「デジタルワーカー」が必要とするものがすべて揃っている。

takemura20211228e.jpg

Waldstattの創立者であるフロリアン・クンツは、「農村地域のイノベーションの推進力としてのコワーキングスペース」というテーマで修士論文を書いた。これがWaldstattの原点だった。写真はWaldstattの外観。Photo:Waldstatt

窓の外には農場が広がり、居心地の良さに包まれる。創業者フロリアン・クンツが "Waldstatt "を設立したのは、パンデミックの最中の2020年10月だったが、すでにほとんどが予約で埋まっている。

都会からの脱出:田舎のコワーキングスペース

都会からそれほど遠くない過疎の村を活性化する前提条件は、高速インターネットである。グロースヴディッケに移り住みたいという人が増え、フェリックス・メンツェル村長は、村のさらなる発展のために全力を尽くしてきた。彼の功績は、グロースヴディッケに高速インターネットを導入したことだ。これが成功のための重要なレシピである。だからこそ、"Waldstatt "はうまく機能する。インターネットが使えれば、都会的な仕事も可能だ。そして、田舎に住むということがだんだんと浸透していくことになる。

このトレンドが広がっているブランデンブルク州では、田園地帯にコワーキングスペースが続々と誕生している。ブランデンブルク州ポツダム=ミッテルマルク郡の郡庁所在都市であるバート・ベルツィヒには、今では有名になった「Coconat」がある。シックでウェルネス効果の高い施設で、芸術家や作家が美しい敷地内で数週間の静養をすることもある。

ブランデンブルク州東部にあるAlte Schule Letschin(レチンの古い学校)では、コワーカーがスペースを借りて仕事をしたり、オーデルブルフの美しい風景を楽しんだりすることができ、1日約12ユーロで利用できる。この機会に、かつての過疎地域が新たな勢いを得てトレンドになっている。これにより、ベルリンのワークプレイスは、郊外地域のあらゆる方向に向かって放射状に広がっていくことになる。

都市の中心市街地を求める人と、郊外生活を求める人たちとの新たな人口動態が生まれている。


プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア裁判所、JPモルガンとコメルツ銀の資産差し押

ワールド

プーチン大統領、通算5期目始動 西側との核協議に前

ビジネス

UBS、クレディS買収以来初の四半期黒字 自社株買

ビジネス

中国外貨準備、4月は予想以上に減少 金保有は増加
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story