コラム

トランプ支えるQアノン、ドイツに影響力飛び火 陰謀論が急増する背景

2020年10月20日(火)17時00分

データの空白を利用する

QAnonが主張している闇の組織には、延命と若返りの奇跡の薬があるとされる。薬の原料とされる「アドレノクローム」は、この数十年の間、ほとんど関心を持たれることはなかった。これは「データの空白」を意味する。

つまり英語の「adrenochrome」という単語は、最近まで検索されることはほとんどなかった。そのようなデータの空白を前提に、QAnonはこの言葉をめぐる陰謀話を提供する。結果、検索エンジンのランキング上位を制覇することができるのだ。

2019年、「アドレノクローム」という用語の検索クエリが急上昇した。QAnonに関する数ヶ月間の報道を経た今、Googleの画像検索では、アドレノクロームをめぐる陰謀論のリンクで埋めつくされている。

takemura1020_2.png

2019年、「アドレノクローム」という用語の検索クエリが急上昇した。QAnonに関する数ヶ月間の報道を経た今、Googleの画像検索では、アドレノクロームをめぐる陰謀のリンクが目立つように表示されている

テレグラム、陰謀論の真の舞台

欧州で人気のメッセンジャーアプリ「テレグラム」は、陰謀論の普及に特別な役割を果たしている。テレグラムは、ソーシャルネットワーク、ビデオ・プラットフォーム、非合法なマーケット・プレイスまでを1つにまとめたもので、ルールはないに等しい。

現在、テレグラムには月に4億人のアクティブ・ユーザーがいる。テレグラムの責任者は、ロシアのIT起業家パヴェル・デュロフである。デュロフは、 2006年に最初のソーシャルネットワーク「VK」(Vkontakte「連絡先」の意)を設立した。2011年、VKは、ロシアのプーチン政権に対する抗議のネットワークだった。ロシア当局がVKの抗議グループを閉鎖し、VKのユーザーデータの開示を命令したとき、デュロフはそれを拒否し国外に亡命した。

2013年に彼は個人資金で「メッセンジャー・テレグラム」を設立した。テレグラムは、各国政府がアクセスできない通信チャンネルを提供すること、個人のプライバシー保護を使命としている。

デュロフは現在ドバイにいると推測されているが、彼は自らを、「自由のためにすべての危険を覚悟する」ことを約束している。毎日150万人の新規ユーザーが追加されるこのアプリは、WhatsApp、Facebook Messenger、WeChat、中国のQQに次ぐ、世界で最も人気のあるメッセンジャー・アプリの中で5番目にランクされている。

民主主義は生き残れるのか?

ベルリンでもユーザーが増大しているテレグラムのQAnonのチャンネル「Qlobal Change」には、12万人以上の加入者がいる。Covid 19に関する陰謀論の多くは、投稿規制がほとんどないテレグラムや、ユーチューブの厳しい投稿規制を迂回できるBitChute(ビチュート)という、極右や陰謀論者に対応したビデオ・ホスティングサービスなどを発火点としている。

米国の最近の世論調査によると、共和党の有権者の33%が陰謀論は大体真実だと考えていて、共和党員のさらに23%が、その物語は少なくとも部分的には真実であると答えている。米国における2つの主要政党のいずれかに属する有権者の半数以上が、選出される指導者を、悪魔崇拝の小児性愛者から世界を守り、もし彼が敗北すれば、それは聖書のハルマゲドンだと信じている場合、果たして民主主義は生き残れるのか?

かつてドイツ国民が選択したナチスは、反ユダヤ主義や多彩な陰謀論で大衆を熱狂させた。一時の熱狂から歴史的な惨劇を経験したドイツは、ベルリンの壁崩壊から30年が経過してもなお、過去の贖罪を今なお引き受けている。

Die Verschwörungsfanatiker von QAnon


Verschwörungstheoretiker auf dem Vormarsch | ZIBB

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動

ビジネス

必要なら利上げも、インフレは今年改善なく=ボウマン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story